後れをとった。
 それはオートボットにとって絶望的な事実だった。
 しかし類稀なる幸運は、オールスパークがディセプティコンの執拗な追っ手から──悲しいことにオートボットの目からも──逃れ、姿を隠したことだった。その信号すらも掴めぬほどに、或いは安全といえる場所へ。



 オプティマスはアークのメインコンソールの前でじっと佇み、なんの反応も示さない計器類をラチェットの背中越しに見つめていた。バンブルビーを地球へ偵察にやってから、すでにかなり経っている。その間、彼らは何の実りもない定期報告をバンブルビーから受け取り続けてきた。
 その状況が、ついに動いたのだ。それも大きく。
 いよいよ緊迫してきたこの状況下、こちらが敵の動きを警戒しているように、敵もこちらの動きを一分の隙もなく窺っていることだろう。たとえ巧妙に隠蔽しても、不用意な通信は危険だ。
 傍受されるのを避けるため、光を用いた原始的な信号がバンブルビーから届くのを、オプティマスたちはただひたすらに待っていた。オールスパークへと続く鍵である「サム・ウィトウィッキーとの接触に成功した」という意味のそれを。
 待つことには嫌というほど慣れているはずの彼らでも、今回ばかりはそわそわと落ち着かないでいる。
 バンブルビーの信号を受け取るモニターのチェックなどラチェット一人で十分なのだが、全員がコンソール前に張り付いたままだ。時折、ジャズが思い出したように軽口を叩いていたが、その声も硬い。たった独り、味方の誰の手も届かぬ場所にいる弟分が心配なのだ。危険な場面など今までも幾度となくあったが──
「この様子だと、メガトロンのヤローもまだ休眠状態のままみたいだな」
 そう、バンブルビーのトラウマである仇敵が、地球のどこかにいるのだ。常に口の軽いジャズでもさすがに口数が少なくなる。
「出来れば永久にそのままでいて欲しいもんだが」
 アイアンハイドが答え、忌々しげに鼻を鳴らす。二人とも、言葉を交わす間も計器類からは視線を外すことはなかった。だから、全員がそれを見た。
「あ、」
 思わず小さく呟いたのはラチェットだった。
「オプティマス」
「ああ」
 頷いたオプティマスを確認する前に、ラチェットは僅かに反応を見せた計器に従って素早くコンソールに指を滑らせた。
「今のは、なんだ?」
 ラチェットの邪魔をしない程度にジャズが身を乗り出す。計器が示すのは長らく見なかった波長だった。
「オールスパークだ。⋯⋯おそらくだが」
「おそらくだと? オールスパークの波長は独特のもんだろが。俺たちがそれを他のもんと間違えたりするなんて、絶対あり得ない」
 濁したラチェットにアイアンハイドがいらいらと返す。
「いや⋯⋯反応があまりにも微弱すぎて、そうと言い切れな──⋯⋯あっ」
「⋯⋯消えた、か⋯⋯」
「どうします?」
 ジャズと同じように僅かに身を乗り出していたオプティマスは、ラチェットの問いに姿勢を正した。
「もちろん、速やかに調べる必要がある」
「なら、オレが行きましょう」
 胸を張ってジャズが言う。
 このメンバーの中でバンブルビーの次に偵察に向いているのは、能力的な方面だけでいえば(性格は向いていないとジャズ自身認めている)彼だ。
 誰にも反論されないことを見越して、ジャズは返事も待たずに背を向けた。
「待て。また反応があった」
 オプティマスが注意を喚起する言葉を発するより先に、ラチェットが口を開いた。呼び止めるそれに、ジャズは足を止めて振り返る。
「しかし⋯⋯これは⋯⋯なんだ? オールスパークには違いないようだが」
 淡々と疑問を口に浮かべるラチェットの行動は早かった。この中で誰よりアークのことを把握している彼は、搭載されている広範囲のスキャナーやあらゆるセンサーを駆使して自分の疑問を突き詰めていく。
 その左隣では、今度はアイアンハイドが身を乗り出していた。ややあって彼は「まさか!」と驚愕した。聴覚センサーの間近で叫ばれたラチェットだったが、彼もそれどころではない。アイアンハイドの顔をグイと押しやりながら振り向く。
「オプティマス。信じがたいことだが、これは──」
 ラチェット自身も信じられなくて、一度、計器へ視線を戻した。ジャズが座標を割り出そうと右側からコンソールへかじりついてきたので彼は素直に場所を譲ってやった。
 椅子から立ち上がり、一歩後ろで見守っていたオプティマスの隣に立つ。
 オプティマスは誰よりも先に事態をそのままの事実として飲み込んでいて、痛ましく首を振っただけだった。ラチェットはもう一度だけ計器類へ視線を戻してから先の言葉を続けた。
「──これは、この波長を発しているのは、間違いなく⋯⋯生命体、だ。反応からすると、私たちが以前出会った有機生命体⋯⋯人間、に⋯⋯ほぼ間違いない。⋯⋯と、思う」
 自信なさげなラチェットだったが、オプティマスにもその気持ちはよく分かる。
 こんなことをいったい誰が予想し得たであろう。知的生命体から、それも自分たちよりずっと脆弱な作りの有機生命体から、オールスパークの波長を感知するなど。あまりにも信じ難い。そのエネルギーは、自分たちですらいろいろな意味で持て余すほど強大なものだというのに。
「⋯⋯こりゃ、俺たちと同じ金属生命体か何かをオールスパークと間違えているんじゃないのか? でなきゃ、俺にはとても信じられん」
「オールスパークの波長を他のものと間違えたりしないと言ったのは誰だ?」
 ラチェットにぴしゃりと言い返されてアイアンハイドは唸る。
「信じられないのはオレも──たぶん皆、同じだが。何度確認してみてもコイツが示してる事実は一つだな。このエネルギー波を発してんのが生命体ってこった」
 ラチェットに代わってあらかた整理した情報を指してジャズが結論した。
「座標は?」
 オプティマスの問いにジャズは肩をすくめる。
「無理だった。反応もまた消えちまったし。大体の場所なら割り出せたけど」
「では、私が行こう。お前たちは連絡を待て」
「おいおい、オプティマス。こういう探しものならオレのほうが」
 オプティマスは首を横に振ることでジャズを遮った。
「いや、私が行く。私にはその責任がある」
 オプティマスはさっと座標を確認して、反論を許さない態度で出口へ向かった。その背中にラチェットとアイアンハイドが続いたが、不満げなジャズは何も言わずにまたコンソールに向き直ってその操作に戻っていった。




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