この男と対峙するのは幾度目か──。

 数えるのも嫌になるほどに重ねられてきた邂逅だった。それと同じ数だけ、自分はこの男に止めを刺し損ねてきた。嘲るように逃げられたこともあれば、怒りに狂った凶刃から寸でのところで逃げたこともある。痛み分けとなることも多い。
 辛苦の記憶とともに甦ったこれまでの邂逅に、メガトロンは腹の底に酷く重々しいものが圧し掛かってくるのを感じた。この男と対峙するたび、犠牲ばかりが増えていく。
 メガトロンは、戦いにおいて犠牲はやむなし、と割り切ることがどうしても出来ない。今度こそ、今回こそはとオイルを吐くような思いで戦いながら、それでもこの戦争を終わらせられずにいる。

「メガトロン、お前は彼女を知っているか?」

 こちらの気など歯牙にもかけず、プライムは首を傾げた。
 彼の足元に蹲る一体のディセプティコン。
 美しい翼を有した彼女を、メガトロンは知っていた。もともと女性型の少ない種族だ。よく記憶に残っている。彼女に関しての最後の報告も。

 オプティマス・プライムに捕らえられ、行方知れずに──。

 その報告から、生存は絶望的と思われた。現に、こうして目にするまでは、メガトロンも死んだものと思っていたのだ。報告を聞いた時点で諦めてすらいた。
 何故、いまさらに。⋯⋯いや、プライムにとって、これは気まぐれに思い付いた遊びでしかないのだろう。この男にとってはすべてが卓上のゲームにすぎないのではないか、という薄ら寒くなる憶測がメガトロンにはあった。生死を掛けた戦い、多くの犠牲を払いながら延々と続いているこの不毛な戦争すらも。

「彼女はお前の部下という報告を受けている。事実なのか?」

 苛立ったように急かすプライムは、手にした鎖を乱暴に引いた。項垂れる彼女の首に嵌められた枷に繋がるそれが、耳を塞ぎたくなるような音を立てる。
 首のジョイントが軋むほどに鎖を引かれても、彼女の反応は薄かった。ぼんやりとした光の灯るカメラアイは弱々しく明滅するばかりで意思を感じさせない。薬物で意識を奪っているのか、あるいは⋯⋯既に心を壊されたか。

「ああ、そうだ。確かに、私の部下だ⋯⋯」

 力なく重力に従う彼女に銃口を突き付け、プライムは笑った。
 そうか、と頷き、再び鎖を引く。今度はもう容赦などなく、彼女の全身が歪な音を立てた。

「やめろ! その娘を放せ。痛め付けたいのなら、私が彼女の代わりになってやる!」
「⋯⋯お前が、彼女の代わりになるとでも?」

 銃口を突き付けたまま、プライムはまた首を傾げた。下手に動いては彼女の身が危ういが、このままではなにもしなくても彼女を破壊しそうな気がする。
 撃てないと悟られているだろうが、砲を構えずにはいられなかった。

「なあ、メガトロン。お前はまだ、彼女が自分の部下だと思っているのか?」
「無論だ! 彼女を放せ!!」
「──私は独占欲が強くてね」

 底冷えするような声だった。
 どす黒いものを孕んだ声に、危険な色がまざまざと感じ取れた。

「彼女が他の男のものなどというのは我慢ならないのだよ⋯⋯。──もう一度訊こう。彼女は、誰のものだ?」
「彼女は私の──」

 言い掛けた言葉は生々しい絶叫に遮られた。
 止める間もなく、彼女の背中を足で踏みつけたプライムは、強引に翼をもぎ取っていた。一緒に引き摺り抜かれた背中の細かなパーツがバラバラと散っていく。そのオイルに濡れた男の手が愛おしそうに彼女の頬を撫でていた。

 ──本気で、壊すつもりだ。

 この男ならば何の躊躇も、一切の慈悲もなくやるだろう。彼女が己のものにならぬなら。今ここで、彼女はオプティマス・プライムのものだと自分が宣言しなければ。
 だが、それは⋯⋯。

「身体は綺麗にリペアして保存しておこう⋯⋯物言わぬ口に私のコネクタを愛してもらうのも悪くない⋯⋯」

 うっそりと笑う目の前の男に、メガトロンははっきりと恐怖を抱いた。愉悦に満ちた笑い声が夥しい狂気に彩られている。
 恐怖と、煮え立つような怒りと、吐き気がするほどの嫌悪感に、照準が細かくブレているのを自覚する。この男は、彼女が死してなお弄ぼうというのか。

「お前は、死者までも愚弄するつもりかっ⋯⋯!」
「愚弄だと? はは、貴様は相変わらず訳のわからぬことを言う」

 プライムはゆっくりと彼女の首を締め上げた。淀んだ青のカメラアイが悲鳴を上げるように明滅する。

「──次は腕、その次は脚だ⋯⋯」

 どうする? と、プライムが声もなく笑う。
 屈すれば、彼女は。
 だが、このままでは。
 しかし、いや、それでも、けれど。
 生にしがみつく濁ったカメラアイが、こちらを見た。そこにあるのは──

 嗚呼、嗚呼、嗚呼!!

「お前の⋯⋯ものだ⋯⋯」

 ダラリと腕を下ろしたメガトロンは、呻くように呟いた。
 どうしようもなく、ただ宣言した。
 プライムは笑う。狂気に満ちた笑い声が荒野に溢れた。

 彼女を連れて去っていく死神を、メガトロンは止められなかった。呆然と立ち尽くし、その姿を見送る。一度だけ砲を構えた。途端に彼女の悲鳴が響いた。それきり、何も出来なかった。

 姿の見えなくなった彼女を思い描き、メガトロンは暗澹とした視線を宙へ投げた。

 ああして長らえたとて、おそらくはプライムの手の中で飼い殺されるだけだ。ならばいっそ、慈悲のある死を与えてやるべきだったのではないのか? 死よりも辛い目に合う前に。

 ──自分の判断は、本当に、正しかったのか?




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