オートボットとディセプティコン。それぞれの目的と、両勢力による気が遠くなるほどに長い長い戦争。命運を握るオールスパークと、その力。キューブとも呼ばれるそれが今現在、この地球にあること。そして、ディセプティコンはすでに地球に侵入していること。身を隠し、オールスパークを探し求めながら。
 さらには、ディセプティコンのリーダーであるメガトロンとやらが休眠状態で地球にいるのだという。
 実写にとって、それは長く、なかなか理解の難しい説明だった。話の途中で、立っているのが辛くなって地べたに座ってしまったほどだ。
「⋯⋯壮大すぎて、ちょっと想像できないんだけど⋯⋯。なんで⋯⋯それを、わたしに話すの?」
 内容が進むに連れてどんどん表情が険しくなっていった彼女は、もう臆することなく真っ直ぐに見上げてくる。至極当然の実写の問いにオプティマスは少し沈黙した。
 真実は時として残酷だ。彼女の内にあるオールスパークの力は、確実に争いを引き寄せる。仮に今はそうでなくても、必ず狙われることになるだろう。そして、その責任の全ては、オールスパークの放逐を決断した己にある。
 オプティマスは重々しく首を横に振り、ため息に似た仕草で排気した。ぬるい風に少女の髪が揺れる。
「実写。落ち着いて聞いてほしい。君から⋯⋯ほんの微弱にだが、オールスパークの力が感じられるのだ」
 実写の表情が強張った。当たり前だ。
「⋯⋯ディセプティコンが君を狙う確率がどれほどのものか、現時点でははっきりとは分からない。
 君の力は本当に微弱だ。我々の高感度センサーでも、捉えるのが非常に困難なほどに。それに、ディセプティコンも、すでに君以外の手掛かりを見つけている可能性が高い。もしかしたら、このまま見向きもしないかもしれない」
 ひどい自責の念に駆られてオプティマスは一旦、言葉を切った。
「⋯⋯⋯⋯だが⋯⋯キューブの力を持っている限り、君の身に絶対の安全はない。⋯⋯だから、私はここに来た。君を護るために」
 わずかに俯いて考え込んだ実写に、オプティマスも口を閉ざす。思案するその表情に不安や困惑はあれど、冷静だった。驚くことに、彼女から大きなショックは認められない。
「オールスパーク⋯⋯」
 おもむろに立ち上がって、呟きながらその場をうろうろと歩き回り始めた実写は、冷静に自身を取り巻く全てのことを自分なりにまとめ、理解しようとしているらしかった。
「⋯⋯君は、適応能力が非常に優れているな」
 そんな彼女を見て、オプティマスは思わず言っていた。
 自分はいまだに、有機生命体にキューブの力が宿ったことに困惑しているというのに。
「驚愕も、恐怖も、いまの君には見られない。それに私の話した内容を疑ってもいない」
 立ち止まって顔を上げた実写が見つめてくる。有機物で出来た小さな生体視覚装置が、すべてを暴こうとするようにじっと覗き込んでくる。少しの猜疑を滲ませて。
 オプティマスも逸らすことなく見つめ返した。
 二人はしばしそのまま視線を交わらせ──実写の瞳から、負の感情がとけるように消えた。
「少なくとも、あなたは、そこらへんの人間よりは信用できると思う」
 にこりと笑んで、実写は言った。
 話を聞くばかりでほとんど言葉も交わしていないが、これまでの真摯な態度から、嘘を言うようなひとではないと思う。
「⋯⋯そうか。それが君の結論で嬉しく思う」
「ありがと。それより“キューブ”の力って、いまも?」
「ああ。君の身体──心臓部を中心に、常にエネルギー波を感知している」
「心臓、」
 言葉を繰り返し、またうろうろし始めた少女は、もはや何を言っても驚きそうになかった。
 理解も、切り替えも早い。接触して一時間足らずだが、すでに事態の把握に努めるその姿勢には、オプティマスも驚くしか出来なかった。
「んんー⋯⋯。微弱って、どれくらい?」
「我々が最大まで精度を上げたセンサーでも二キロといったところだ」
「それで⋯⋯よく⋯⋯わたし、見つけたね」
 たった二キロ。奇跡的じゃないだろうか。
「船の高感度センサーが君のエネルギーをキャッチしたのだ。一時的なものだった。おそらく、キューブの力が瞬間的に強まったのだと思う。約二十三時間三十七分前だ」
「二十三⋯⋯」
「昨日の夕方。君は、何をしていた?」
 実写は、また少し考え込む仕草を見せた。それから辺りを見回して、落ちていた懐中電灯に気付いて拾い上げる。それはもはや錆び付いて死んでいた。スイッチを入れたとしても何の役にも立たない。何のつもりなのか。
「たぶん、これだと思う。これしか思い当たるようなこと、してない」
 言ったあと、パシン、と青い閃光が走った。一瞬後に明かりを点けた懐中電灯に、オプティマスは驚愕して思わず手を伸ばす。
 実写の見せた力は弱々しいが、確かに自分たちが長年探し続けてきたそれだ。自身の意思で力を引き出すことさえ可能だとは思いもしなかった。
「こーゆーこともできるよ」
 彼女は、懐中電灯をトランスフォームまでさせてみせた。そして、元の原始的な照明装置に戻すことも。だが、スパークまでは宿っていない。ある程度は意のままに操れるようだが、不完全な力なのだろう。
 ──なるほど、自身の力を知っていた。それならこれまでの順応の速さと冷静さも納得がいく。さきほどすっ呆けたのは警戒からだろう。
「実写。君は⋯⋯君は、何故⋯⋯オールスパークの力を?」
 蘇った原始的な照明装置を見つめ、オプティマスは憂慮に沈み込む。
 人間。まだ幼く、野蛮で、暴力的な種族。全ての人間がそうではないと知っている。しかし、それは一部の者だけだということも。
 あまりに未成熟な種が、オールスパークの力を僅かでも有している事実。その原因は? もしもオールスパークの力を持つに至った経緯が──可能性は限りなく低いとは思うが──人間の手による人為的なものであったなら?
「何故だ? 君の身に何があった?」
 詰問のような口調で身を乗り出してきたオプティマスに、実写は気圧されて一歩下がった。
「わ、わたし⋯⋯」
「何故だ」
 さらに顔を寄せてくるオプティマスに、答えに詰まった実写は逃げるように横を向く。
「⋯⋯知らないの。わからない。昔のこと、とか⋯⋯記憶になくて。名前以外、なんにも」
「すまない。それは、メモリーが損傷を受けたということか?」
 怯えさせたことに気付き、オプティマスは身を引いた。今度は宥めるように優しく問いかける。
「んと、あなた的に言うなら、たぶん⋯⋯。⋯⋯わたし、誰なんだろう?」
 ううん、と首を傾げる彼女は、それ自体はあまり悲観していないらしい。いたって軽い声に、オプティマスは内心安堵した。
 絶望しているだけでは事態は好転などしない。希望を持つこと。長い戦いの中にあって、それがどれほど重要なことか知っている。
「メモリーの復元は可能か?」
「⋯⋯どう、かなぁ⋯⋯。一応努力はしてたんだけど⋯⋯」
 可能性は低いだろうが、なくしたのではなく、元からなかったということも考えられる。確実なのは、彼が言うように簡単に復元──思い出すことはできないだろうということだけだ。
「そうか⋯⋯。可能であればだが、最良なのは君からオールスパークの力を取り除くことだ。原因を知ることが出来れば、それはより現実的になると思う」
 そう言ってはみるが、これ以上は有益な情報は何も出てこないだろう。彼女のメモリーが自然回復するのを気長に待つ時間もないし、何にせよ状況は差し迫っている。
 オプティマスは即刻移動を開始すべきだと判断して、丸めていた身体を真っ直ぐに戻した。
「あの⋯⋯ごめん、なさい」
「いや、君のせいではない。全ての元凶は私にある。故に、私は君の身を護るためには何をも惜しまない。この身を、このスパークを──命を懸けて、君の身を必ず護ると誓う。安心してほしい」
 こんな状況にもかかわらず、真摯な誓いがくすぐったくて、実写はすぐに返事を返せなかった。あからさまに顔を逸らしてしまう。そーゆーのは慣れてないから止めてほしい。
「⋯⋯分かった、です⋯⋯」
 妙な敬語も気にした様子はなく、オプティマスはトラックへ姿を変えただけだった。
「乗ってくれ」
 ドアを開いて促され、ステップに足をかけたところで、実写はふと思い出して運転席──ホログラムに顔を向ける。
「あの、最後に一つ⋯⋯さっきの男の人たちって、ただのジャンキーだよね?」
「⋯⋯そのようだ。スキャンしたとき、薬物の反応が認められた」
 “ジャンキー”を検索するため一拍置き、オプティマスは淀みなく答えた。実写はそれに胸を撫で下ろす⋯⋯が。
「⋯⋯スキャン?」
「我々が持つ、対象の状態を分析、解析するための視覚機能の一つだ」
「ふーん⋯⋯」
 砕いて説明してくれたのだろうがよく分からない。まあ詳しく説明されても同じだろうと、実写は今度こそ助手席に乗り込んだ。
「えと、じゃあ⋯⋯よろしく、お願いします」
「ああ。こちらこそ、よろしく」
 神妙な表情でホログラムに向かってペコリと頭を下げた少女に、オプティマスは動力を軽く唸らせながら応えた。
 目指すはトランキリティ。全てに繋がる鍵は、そこにある。




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