オプティマスが動けるようになるまで待って移動を再開し、ようやく目的のトランキリティに着いたのは、陽が落ちてしばらくのことだった。
 打ち捨てられたように人気のない工業地区へ向かうオプティマスの中で、実写はときどき目を擦りながら街並みを眺めていた。やることもないので、どうしても眠たくなってしまう。オプティマスは気にするなと言ってくれたのだがやっぱり気が引けて、懸命に顔を上げる。しかし、微かな駆動音ばかりが満ちる車内は揺りかごのようで⋯⋯。
 眠気に軍配が上がりかけ、うとうとしていた実写は、不意に意識が明瞭になった。
 轟音を伴って頭上を過ぎた塊。明らかに飛行機ではない。
「オプティマス、隕石!」
 その正体を認め、実写は驚いて声を上げた。
 生まれてはじめて見るそれは、一つではなかった。三つの隕石が尾を引いて街中へ落ちてゆく。
「いや⋯⋯仲間だ」
 興奮気味にすごいと呟いている実写に、オプティマスは静かに返した。
 センサーを通さなくとも分かる。長い旅路を共に過ごし、共に死線を潜り抜けてきた仲間たちなのだから。
 バンブルビーのことが唯一気にかかっていたが、彼もこちらへ向かっているらしいことが感じられた。とりあえずは大丈夫そうだ。
「オプティマスも、あんな風に来たの?」
「そうだ。我々は星間飛行の際には、防御力、耐久力に優れたトランジッションモードという機構にトランスフォームする。いま君が見たのは、それだ。彼らとはすぐに会えるが、そのときにはもうトランススキャンを終えているだろう」
 彼の言わんとしていることをなんとなく理解し、実写は答え合わせに首を傾げる。
「んと⋯⋯オプティマスみたいに、なるの?」
「まったく同じではない。各個体に近しい大きさ、質量のものに偽装する」
 彼らトランスフォーマーは、奥が深いというか、なんというか⋯⋯説明されればされるほど、器用だなと思う。
 実写がそうして感心している間に、オプティマスは目的地へと辿り着いていた。少女を降ろし、トランスフォームする。周囲を油断なく警戒しつつも、仲間たちの気配が近付いてきていることに安堵した。
 ふ、と下を見る。不安げに見上げてくる実写がそろりと足に触れていた。
「どうした?」
「⋯⋯わたし、隠れてていい?」
「心配しなくていい。私も、私の仲間も、君たち人間を傷付けない」
「⋯⋯サムってひとは?」
 実写にとっては、場合によっては人間でさえ危険な存在になりかねない。人間の数倍の体躯を誇り、トランスフォームできる彼なら、逃げるも身を隠すも簡単だろうが、自分は違うのだ。トランスフォームなんてできないし、己の足で逃げるのもたかが知れている。
 眉尻を下げる実写に、オプティマスはきっぱりと宣言した。
「言ったろう。君を守護する。誰にも、何にも、君を傷付けさせはしない」
 迷いなく言い切られ、実写は頷くしか出来なかった。真っ直ぐな視線に照れてしまって俯いていたら、遠く、サイレンの音が聞こえた。エンジンの唸りも微かに届く。
 来た⋯⋯らしい。
 首を巡らせたオプティマスに倣う。車種がバラバラな四台の車が向かってきていた。美しいスポーツカーと、救急車と、ピックアップトラック。それに、カナリアイエローのカマロ。それぞれが新車のように輝いていた。
 オプティマスの言葉を疑っているわけではないが、仲間のライトに濡れ輝く彼の足の影に実写はなんとなく隠れてしまう。
 それを一瞥したオプティマスも、さりげなく足を移動させた。無理に姿を見せろと言うつもりもない。姿を隠してやったことに気付いたか、見上げてきた実写に僅かに目を細めるだけで返す。
 そうこうしているうちに、仲間たちは集結していた。しばらく離れていた好奇心旺盛な戦士から、短いが喜びに溢れた再会の言葉が通信回路に送信されてくる。オプティマスは同じように返すと、カマロから降りてきた二人の人間を見た。それから、トランスフォームする仲間たちを。
 聳えるオプティマスの足の影で、実写も周囲でトランスフォームする四体に目を奪われた。話には聞いていたが、二足歩行の形態に変わる動きさえ何一つとして同じものがない。実に個性豊かそうだ。
 ぽやっと見上げているばかりの足元の実写に細心の注意を払い、視線を合わせるためにオプティマスは膝を着いた。実写よりは幾ばくか年嵩の少年と少女を怖がらせないよう、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「アーチボルト・ウィトウィッキーの子孫、サミュエル・ウィトウィッキーはお前か?」
「ああ、うん⋯⋯」
 明らかに圧倒されている少年は、しかしあまり怖がってはいなかった。有難いことだ。
「私は、オプティマス・プライム。惑星セイバートロンからやってきた金属生命体だ」
「“オートボット”と呼んでくれ」
「オートボット」
 救急車からトランスフォームしたロボットの言葉を、少年──サムは呆然と繰り返す。
 オプティマスの影で彼を観察していた実写は、ほっと肩の力を抜いた。オプティマスに顔写真を見せてもらってはいたが、やはり実際に対面するのとは違う。悪そうな人ではなさそうでよかった。女の人のほうも、オプティマスを見ても怖がっていない。彼らなら、たぶん大丈夫だろう。ずっと隠れ続けることなど土台無理な話なのだし。
「よお、ネエちゃん」
 と、近くから降ってきた砕けた口調の挨拶に実写が目をやれば、シルバーの機体を持つオートボットが、その巨体からは想像もできぬほどの軽やかさで跳躍しポーズを決めてみせた。トランスフォーマーのその見た目から、自分たちとは比べ物にならないほど堅強な種族なのだろうとは思っていたが、それだけでなく、彼らは驚くほど俊敏でもあるらしい。
「彼は私の副官だ。名前はジャズ」
 オプティマスは、相変わらずの順応の早さで廃車に腰掛けた友を示しながら、ゆっくりと上体を正した。
「いい星じゃんかよ」
 鷹揚に顎を持ち上げるジャズのセンサーが足元の少女に向けられているのを感じ取る。ほかの仲間のセンサーも集中しているのを感じた。時間が惜しいのは皆同じだ。しかし、まずは人間の少年少女にも理解できるよう順序だてて話さねばならない。
「その話し方は?」
「君たちがワールド・ワイド・ウェブと呼ぶ情報集積体から学んだ」
 サムの質問に答えたあと、ひときわ屈強な仲間と目が合ったので、オプティマスは今度は彼に腕を掲げる。
「アイアンハイド。武器のスペシャリストだ」
「You feeling lucky, punk?」
「よせ、アイアンハイド」
「冗談だよ。キャノン砲を見せたかっただけだ」
 肩をすくめる大柄な仲間をおいて、オプティマスはさらに手で示す。
「彼はラチェット。我らの軍医だ」
 スン、と鼻を鳴らすような仕草をしたラチェットは、事も無げに言った。
「この少年は女性との“交配”を望んでいる」
 ⋯⋯何故、自己紹介の場でよりによってそれなのか。
 誰もが思ったが、彼なりの学者ジョーク⋯⋯なのだろう。たぶん。
 可哀想に、気まずげに口笛を吹いているサムを見て──というわけでもないが、オプティマスは最後の仲間を紹介した。
「君の守護者である、バンブルビーだ」
「守護者?」
 言葉の代わりに、軽快な動作と共に音楽をかき鳴らした彼を、サムは見上げた。ほかの仲間のように言葉を話せないのか、こくりと頷かれる。どうして彼だけ⋯⋯という疑問の答えは、サムが口にするより早く与えられた。
「戦いで発声機能が損傷した。まだ修復できていないのだ」
 ラチェットが言いながら、バンブルビーの喉に医療用と思しき赤いビームを照射した。咳き込むように喉を庇ったバンブルビーが些か恨めしげにラチェットを見るものだから、サムは彼の足をそうっと撫でてみる。治療には苦痛を伴ったりもするものだが大丈夫なんだろうか。
「なぜ、地球に?」
 大丈夫? と訊こうとした矢先、どたばたの一日を付き合ってくれた同行者が口を開いた。
 オプティマスはそれには答えなかった。自身の足元を見た彼につられ、二人も視線を下ろす。
 オプティマスは、恐る恐るではあるがすでに半身を覗かせている実写を確認した。姿を見せる程度には警戒心を解いたらしい。注意深く足を移動させる。
「彼女は実写。わけあって、私の守護のもとにいる」
 自分たち以外にも人間がいたことに気付き、驚くのと同時、サムは今日一日の出来事が一気に甦ってきた。
「守護って⋯⋯じゃあ、君も、でかいロボットやミサイルに尻を追っかけられたりしたわけ?」
 少々遠い目をして言ったサムに、実写も驚く。自分と違ってずいぶんと刺激的な体験をしたらしい。
「そういうのは⋯⋯べつに⋯⋯」
「実写、こちらへ来てくれ」
 早々に会話を遮られ、実写は振り向く。
 見れば、ラチェットが膝を着き、こちらに手を差し出している。なんとなくオプティマスを見上げれば、ひとつ頷かれた。拒否する理由もとくにないので、彼の手に乗り上げる。
 姿勢を真っ直ぐに戻したラチェットは、すぐさま彼女の体にスキャンをかけた。
「ぅ、ん? っひゃああああ!」
 ホログラフィックな光線が降り注いだと思った瞬間、服が透けて強制的に下着姿にされた実写は、思わず悲鳴を上げた。いくら相手がエイリアンでも羞恥は拭えない。腕で隠すがまるで無意味だ。
「どうした!?」
 経緯の説明を、とサムに向き直っていたオプティマスが、その悲鳴に真っ先に反応した。勢いよく振り返り、実写の無事を確かめて、体の緊張を解く。
「ちょっと! そんなふうに人をスキャンするのは失礼よ」
 悲鳴を上げられて首を傾げているラチェットをオプティマスが窘めるより先に、意外なところから非難の声が上がった。
「おお⋯⋯すまないね、未成熟な女性よ。驚かせるつもりはなかったのだ」
「み⋯⋯なんですって──」
「ま、まあまあ、ミカエラ⋯⋯それと、あのさ、この女性の名前はミカエラ・ベインズというんだ」
「了解し、記録した。ミカエラ・ベインズ」
 丁寧にサムに答えたオプティマスは、ラチェットの手の中で縮こまっている実写に顔を寄せた。泣きそうになっている彼女には申し訳ないが、こればかりは我慢してもらうしかない。
「実写、我々は君の状態を詳しく知っておく必要がある。少しの間、我慢してくれ」
 宥めるような声に、実写は頷くだけで答える。彼らには知る権利があり、しかもこちらは護ってもらっている身なのだ。拒否などできるわけがない。
「ラチェット」
 オプティマスに背を向けるよう手で示され、ラチェットは素直に従った。皆の視線から逃れられたことで、実写も少しだけ安堵する。
 サムたちがオールスパークとメガトロンのことを聞かされている間、実写は何度もスキャンを重ねられた。
 しばらくそうして大人しくしていたが、不意にラチェットの肩に大きな黒い手がかかったことで顔を上げる。
「ラチェット、移動を開始するぞ」
「ん⋯⋯」
 生返事を返した彼に、声をかけたアイアンハイドが唸る。
「おい、置いていかれたいのか?」
 凄むアイアンハイドに、ラチェットはやれやれと排気して、いったん実写を地面に下ろした。トランスフォームしてふたたび実写を乗せると、同じようにトランスフォームして待っていたアイアンハイドの機体にケーブルを伸ばす。重厚な黒の車体をがっつり捕らえたのを確認すると、満足げにライトを明滅させた。
「よし、行け、アイアンハイド」
 まるで犬か何かに指示を出す口調のラチェットに、実写は思わず噴出してしまいそうになる。もう、力関係が一瞬で分かってしまった。
「おまえ⋯⋯くそ! 覚えてろよ、ラチェット!」
 吼えるようにエンジンを唸らせて急発進したアイアンハイドだが、ラチェットはどこ吹く風でふたたび実写にスキャンを重ねただけだった。




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