ラチェットにスキャンされながら着いた深夜の住宅街は静まり返っていた。エンジン音はできるだけ抑えているようだが、五台も集まればやはりそれなりに耳につく。実写はそっと辺りを見回した。
「ねえ、降りたい」
「待て、もう少し⋯⋯」
 サムたちがバンブルビーから降りたのを見て、自分も渋る彼から半ば無理やり降りる。バンブルビーの後ろを走っていたオプティマスのもとに駆け寄ったとき、自宅へ向かっていたサムが思いついたように足を止めた。
「待てだよ、待て。ここで待て」
 連なる車両を見て言った彼のその言葉に、実写は笑いそうになった。サムは巨大なロボットをまるで犬扱いだ。
「待機、ね。待機」
 五分で戻るから、と言いおいて家のほうへ走り去ったサムの背中を見送り、オプティマスの車体を撫でながら実写は付け足す。
 ラチェットには悪いが、なんとなく、彼の傍が一番安心できる。ほっと息をついたとき、エンジンが唸った。えっと思う間にオプティマスはトランスフォームしている。仲間たちも次々と彼に倣い、二足歩行のロボットに姿を変え、フェンスと庭木を悠々と跨いでいった。
 とめなくちゃ、と思い、彼らを追って実写も庭に入った。が、オプティマスの足がガーデンテーブルを吹き飛ばしたのを見て、あっさり諦めた。フリスビーのように吹っ飛んでいくそれを見ても、果敢にもまだオプティマスたちをとめようとしているミカエラはすごいと思う。
 庭の隅に立ち尽くしたまま傍観していたら、サムが慌てて戻ってきた。
「見張っててよ!」
「だって、あっという間だったのよ」
 ミカエラに言い返されたサムが縋るようにこちらを見てくるものだから、実写は肩をすくめておいた。とめられるわけがない。
 サムは結局、庭を踏み荒らしつつ好き勝手にうろうろしているオプティマスたちに一人で向かって行った。
「ああっ、だめだめ! 気をつけて! 通り道! 頼むから⋯⋯!」
 健闘もむなしく踏み潰されてしまった噴水に、あーあ、としか感想が出ない。律儀に謝っているオプティマスを眺めていると、近くで甲高い鳴き声が上がった。
 今度は何だとそちらを見れば、サムの飼っているらしいチワワがアイアンハイドの足にまとわりついている。彼はじっとその動きを追尾しているが、まるで興味がないらしい。
 実写も、静かにさせたほうがいいかなとしか思わなかったのだが、その小さな犬がやおら後ろ足を上げたときには顔色を変えた。
「モジョ、よせ!」
 サムの制止が通じるはずもなく、チワワ──モジョは、無謀にも巨大な足におしっこをひっかけた。濡れた感覚に、アイアンハイドが「うわっ!」と声を上げ、不快な水滴を払うついでにモジョをポイッと脇へ跳ね飛ばす。愛犬の怯えた鳴き声に、サムがわたわたとモジョを確保している。
「⋯⋯遊んでる場合じゃないんじゃないの?」
「まったくその通りだ」
 実写が呆れ半分で首を傾げると、いつの間にか傍にしゃがんで一緒に様子を見ていたラチェットが、うむ、と真面目くさった態度で頷いてみせた。
 ⋯⋯口調の割にあまり急いているように思えないのだが⋯⋯。
「⋯⋯うん? 実写、それは」
「あ⋯⋯オプティマスがくれたの」
 胸ポケットの“携帯”を見つけたらしい彼に、実写は手にとって差し出してあげた。⋯⋯というか、散々スキャンしておいて気付かなかったのか。
「なるほど⋯⋯ふむ⋯⋯」
 さっと携帯をスキャンしたラチェットにしげしげ観察されていると、ジャズまで上から覗き込んできた。
「ふぅん⋯⋯。⋯⋯えいっ」
「⋯⋯なにしたの?」
 にやっと笑ったジャズに訊けば、私も、とラチェットが言うものだから、ますますわけが分からない。
「え? だから、なに?」
「俺の登録No.01な!」
「残念だが、登録No.01は私だ。お前さんのはNo.02」
「おい、勝手に上書きすんなよ」
「順当だろう。彼女に何かあったときに必要とされる能力を持っているのは、私だ」
「連絡先、登録してくれたの?」
「ああ。ラチェットがNo.01、俺のがNo.02⋯⋯チェッ、先に登録したの俺なのに」
「ついでに、No.03がアイアンハイド、04がバンブルビーだ。使い方は分かっているね?」
「うん」
 アドレス帳に増えた名前に、実写は思わず笑みがこぼれた。




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