「黙って隠れてて!」
 そうこうしているうちに、サムがモジョを抱えて家へ入っていった。
 オプティマスは迷う素振りもなく言う。
「オートボット、偵察せよ」
 待ってて、と再三言われてこれである。もはやミカエラも諦めたのか、目が合っても肩をすくめて溜め息を吐くだけだ。
 家の周りを屯するロボットたちを二人で眺めていたら、オプティマスがこちらを向いた。
「探すのを手伝ってくれ」
「ん⋯⋯わかった」
 断っても無駄と分かっているので、実写は大人しく差し出された巨大な手に乗り上げる。そんな彼女を見て、ミカエラも恐る恐るオプティマスの手に腰を落ち着けた。軽々とサムの部屋の窓まで運ばれた二人は、窓枠を乗り越えて部屋へ入った。
「急いでくれ」
 覗き込んでくるオプティマスに急かされて頷いたものの⋯⋯どうしたものかと部屋を見回す。
 とりあえず、実写はショルダーバックを、ミカエラはハンドバックを手放して探す態勢にはなったものの、勝手に触るのもなあと思うし、探すべき場所が分からないしで、手の出しようがなかった。ミカエラに指示を出したサム本人が捜索を中断させているのだから、本当にどうしようもない。
 そうしてサムは少しのあいだ、ミカエラと実写に見守られつつ一人ドタバタと部屋をかき回していた。⋯⋯が、彼はふと異変に気づいた。
 いやに静かだ。オプティマスたちの姿も見えない。
 妙に思って窓から庭を見下ろしてみれば、何を思ったのか、オートボットたちがトランスフォームして“隠れて”いる。
「なにやってるんだよ! 裏庭にトレーラートラックが駐まってるんじゃ、隠れたことにならないよ!」
 サムは頭を抱えて、それからぐるりと部屋を見渡し、また手当たり次第に物をひっくり返し始めた。
「ああ、もう! ない、ない、ない⋯⋯!!」
 二人の少女はまたしばらく彼の奮闘振りを眺めていた。次に異変に気付いたのはミカエラだ。
「ねえ、サム⋯⋯。サム、サム、戻って来た」
 床に散乱したものに躓きながらサムが窓に向かうと、オプティマスが外壁に手を着いて部屋の中を覗き込もうとしている。車の姿でいてくれたほうがまだマシなのに、なんだってこう面倒を増やすのだろう、このロボットたちは⋯⋯。
「ちょっ、頼むよ⋯⋯! 僕の親が君たちを見たら騒ぎ出すぞ。そうなったら眼鏡どころじゃなくなっちゃうんだよ」
 サムの懇願にオプティマスが焦れたように小さく排気した。
「眼鏡が必要だ」
 彼は切実に訴えるが、サムのほうも必死だ。
「分かるけど、見当たらないんだ」
「この件において、“ない”という結論ではすまされない。捜索を続けてもらいたい」
「分かってるってば。でも音を立てられると集中できないんだよ。頼むからあっち行ってて! 静かに! 五分⋯⋯いや、十分でいいから!」
 それでも頑固に窓に張り付いているオプティマスに、サムはイライラしながら頭を振り⋯⋯ふと、実写と目が合った。
「遠ざけてて! 出来れば隠れてるように言ってよ!」
「ええー⋯⋯」
 実写はあからさまに嫌がってみたが、窓辺に押しやられた。サムはさっさと捜索を再開している。
 小さく息を吐き、仕方なくオプティマスに向き合った。大人しく言うことを聞いてくれるとは思えないが、サムがもう爆発寸前といった感じなので、しぶしぶ窓から顔を出す。
「オプティマス、そういうことだから⋯⋯ね?」
「眼鏡が必要なのだ」
「分かってる。だからだよ、お願い、サムの言うこと聞いてあげて」
「⋯⋯オートボット、退がるんだ」
 オプティマスのその言葉でようやく庭からオートボットたちの姿が消えたものの、今度は部屋の明かりが明滅した。振動と騒音に、サムがまた窓辺へ戻ってくる。
「ドジめ」
 言って、ラチェットを見下ろすアイアンハイドが鼻を鳴らしていた。
「ぴりぴりシビれた!」
 電線に引っかかったらしく、倒れたままのラチェットが頭上を示して弾んだ声で言う。
「楽しそうだな」
「試せよ」
「ああ」
 彼らの暢気なやり取りに、そんな場合じゃないと言おうとしたが、アイアンハイドの行動のほうが早かった。バツンと不気味な音が響いたかと思うと、辺りが真っ暗になる。
 いくらも経たないうちに、今度はノックの音と、サムを呼ぶ声。彼の両親だろう。惨事がこれだけ集中発生すれば、気付かないわけがない。
 三人は飛び上がり、サムは慌ててミカエラを部屋の奥へ隠れさせた。窓の近くにいた実写は、焦るあまりパッと身を躍らせ、窓枠を飛び越えていた。ミカエラが息を呑む音にここが二階だと思い出すが、時すでに遅しである。辛うじて声は出さなかったが、腹の底が冷える浮遊感に心臓が止まりそうになる。
 痛みに身構える間もなく地面へ激突する⋯⋯はずが、落ちた先はオプティマスの手のひら。
「気を付けろ」
「ご、ごめんなさい。びっくりして⋯⋯」
 実写がオプティマスの肩へ誘導されている間にも、家の外ではオートボットが、中ではサムの両親が、騒ぎの渦中である彼を急かしている。
「隠れて!」
 サムに手で強く合図され、レスキュー作業用の強力なライトを点けていたラチェットの胸元がやっと暗くなった。
「隠れろ、早く」
 サムの両親が部屋に入ってくるのを感じ取ったオプティマスも、さすがに素直に従って部下に命じた。部屋の中からは死角となる場所へ、五体は素早くその巨体を潜めていく。
「隠れるって、どこへ?」
 アイアンハイドに場所を取られて隠れ損ねたジャズが、言いながらも慌ててピロティの下へ潜り込む。サムの父親が窓から顔を覗かせ──メタリックシルバーの太い足が間一髪で隠れ終えた。
 ぶつくさ言ってサムの父親が顔を引っ込めると、アイアンハイドが武器を作動させながら呟いた。
「親ってのは面倒だな。殺してしまおう」
「我々は人間を傷付けない。忘れたか?」
 オプティマスに窘められ、ラチェットも肩を叩いて宥めたが、それでもアイアンハイドは主張する。
「一瞬だ。痛みも感じないくらいに」
「いいかげんしろ、アイアンハイド!」
 オプティマスに強く言われて、彼はやっと武器を納めて肩をすくめた。
「選択肢をひとつ提案しただけだ」
 ──と、外で物騒なやり取りをしている間に、部屋の中でも一悶着ありながら、とうとう眼鏡の在り処を突き止めたらしい。
 人間たちが階下へ降りていく足音と微かなサイレンの音を、年上の仲間たちを見ていたバンブルビーの聴覚機関が捉えたのは、ほぼ同時だった。鮮やかなファイアーパターンの装甲をチョイとつついて、イヤーパーツを動かして見せる。オプティマスは瞬時に理解を示し、さっと顔を上げた。
 近づいてくるものを自身でも確認した彼は、素早く命令した。
「オートボット、退却して姿を隠せ」
 今度ばかりは全員が言葉もなく速やかに従ったおかげで、ほどなくして現れた数台の車に見つかることはなかった。家の裏の木立に身を潜めた彼らは、じっと様子を窺う。
 トランスフォーマーのように鋭敏な探知能力を持たない実写には見え辛かったが、しばらくして家から出てきたサムたちは拘束されていた。
 サムの両親を乗せて走り去っていく車を追い掛けるように、サムとミカエラを乗せた車も、そしてほかの車も次々と姿を消していく。最後の一台も消えると、周囲にはふたたび深夜の静寂が落ちた。




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