追走はすぐにも始まった。実写はラチェットと共に最後尾に着き、前を行く四台を見る。
 まず、オプティマスが車列から外れた。次に、ラチェットが周りから不自然に思われない程度に速度を落とし、距離を取る。
「さて、私たちは高みの見物だ」
「いいの?」
「君の安全は最優先だからな。危険から極力遠ざけるよう、オプティマスからも言われている」
 それから少し走ったが、市外へ伸びる橋の近くで、追走劇は呆気なく終わった。かなり大胆な方法でバンを止めたオプティマスに、実写は顔を引きつらせる。
「中に人がいるって⋯⋯分かってる、よね?」
「心配するな」
 ははは、と軽く笑う彼に不安になったが、下の道路に降りていったオートボットも加わって恙無く事は運んでいるようだった。
 少しして、場が落ち着いたのを見計らって合流したラチェットの手の平を軽く叩き、実写も地面に降ろしてもらった。ジャズが取り上げた銃の山に近寄ると、その傍で静観していた彼がしゃがみ込んでくる。黒光りするそれらに手を伸ばそうとしたら、鋼鉄の指に優しく押されて制された。
「危ないぜ、ジョウちゃん」
「平気」
 その指を避けて、実写はそうっと銃に触れた。セーフティーは掛かっていない。慎重に、山の中から使い易そうなものを探す。
「⋯⋯ふむ」
 彼女の意図を察したジャズも、さっと目を通した。なるべく軽量で、使い手のパワーを必要とせず、それでいて威力のある⋯⋯。
「なにしてる」
 頭をつき合わせて探していると、重々しい声がさらに高い場所から降ってきた。二人が同時に顔を上げれば、周囲を警戒しつつもアイアンハイドが見下ろしてくる。
「これ、一つもらおうと思って」
「無意味なことを」
 銃の山を指す彼女を、アイアンハイドは鼻で笑った。あまりに原始的でひ弱な武器だ。こんなオモチャで武装したところでなんの役に立つのか。だいたい、この少女が武器を扱い慣れているようにはとても見えない。
「⋯⋯でも、ないよりは」
 気を悪くするでもなく再び探し始めた実写を見て、アイアンハイドはムッと唸った。見た目の割には根性があるらしい。自分たちの体の規格を目の当たりにしてなお、護られるばかりではなく、己の力でも抵抗するという選択を彼女はしたようだ。
 どれだけ絶望的な状況でも──たんにそれを理解していないだけかもしれないが──生きるということを諦めていない。無知で脆弱だが、その姿勢は賞賛に値する。
「⋯⋯これにしろ」
 アイアンハイドは二人の上から屈み込むと指先でペッと山を崩し、埋もれていたハンドガンを指して顎をしゃくった。この程度の代物ならどうせどれを持っていたって大差はないのだ。人間の中でもとりわけ力の弱い彼女が持つなら、なおさら軽量で使い手のパワーを必要としないものがいい。
「えと、」
 山から弾かれるように出てきたそれを見て、実写はアイアンハイドを見上げた。
「低く構えろ。目と間接を狙え」
「う、ん」
 唐突なアドバイスについていけず、曖昧に頷く。ヒュウっと口笛のような音をさせたジャズに視線をやれば、彼は目に見えてニヤついていた。
「良かったな。あの堅物に気に入られたみたいだぜ」
「⋯⋯そう、なの?」
「あれが直々に武器を与えるとはな⋯⋯お前さんはつくづく運がいい」
 いつの間にか背後にいたラチェットまで頷いている。アイアンハイドはといえば、さっさとオプティマスの隣に戻っているところだった。
「低く構えて⋯⋯目と、間接」
「的はデカい。狙いやすいだろ?」
 銃を拾って貴重なアドバイスを復習する実写に、ジャズが笑う。
「⋯⋯練習しといたほうがいいよね?」
「だったら、あのオッサンのケツでも狙ってみればいい」
 笑いの性質を変えたジャズがアイアンハイドの後姿を指差した。
「⋯⋯。大丈夫なの?」
 実写は首を傾げた。もちろん、こんなもので深刻なダメージを与えられるとは思っていない。心配しているのは、アイアンハイドが怒らないか⋯⋯怒ったとして、その矛先について、だ。
「なに、アイツなら、なんだかケツが痒いなァ、くらいなもんさ」
「おい、聞こえてるからな。まったく、お前ときたら少しもろくな事を言わん。いい加減、スクラップになりたいのか?」
「おっとっと」
 なんて漫才みたいなやり取りを実写が呆気にとられて眺めていたら、背後から急に声が掛かった。
「──おい、お前っ!!」
 いきなりの怒鳴り声に、なにやら言い争っていたサムとミカエラ、それに巻き込まれていたらしいオプティマスも視線を向けてくる。人のみならずオートボットを含めた全員の注目を集めているが、彼──シモンズといったか──は構わず、降伏のポーズも忘れてこちらを指差していた。
 ⋯⋯いつのまに油まみれになったのだろう。実写が疑問を抱いた一瞬のうちに、シモンズはあろうことかズンズン向かってきていた。手中の武器のことも忘れ、実写も反射的に退がろうと──した、瞬間。
 ズガン、と目の前に鉄壁が降ってきた。
 間を割るように落ちたオプティマスのチョップの衝撃で尻餅をつくが、もはや声すら出ない。心臓がバクバクいっている。
「彼女に危害を加えることは許さない」
 彼の手に遮られて見えなかったが、向こうがどういう表情をしているのかは分かる。自分と同じように目が点になっているに違いない。
「──ん? ああ、すまない」
 もうちょっとでミンチだったというのに彼の謝罪はいたって軽い。感覚がまったく違うのだから言うだけ無駄と諦める。
 首を振れば、鉄壁と化していた彼の指がやわらかく曲がり、そのまま掴み上げられた。肩に導かれてそこに収まり、一番安全な場所はここかもしれないと考える。ここなら少なくとも踏み潰される心配はない。
 サムとミカエラが下でまだごちゃごちゃやっていたので、実写は手に持ったままの銃を矯めつ眇めつ眺めてみた。見た目以上に重く感じられる。⋯⋯これが、何かを傷付けるという重さなのかもしれない。持て余し気味に触っていたら、ヌッとアイアンハイドの顔が現れた。
「そこのレバーがセーフティーだ。馬鹿な怪我したくなきゃ、それだけは確認しとけ」
 脅す口調で言い、アイアンハイドは慣れない手付きで銃を触る少女を見守った。いまいち構造を理解していないのか、まごつく指先にイライラしてくる。見ていて危なっかしい。銃口を覗き込んでトリガーを引きそうな気さえしてくる。
「それだ。押し上げろ」
 実写が言われたとおりにレバーをぐいと押し上げ、アイアンハイドはやっと肩の力を抜いた。まったく無駄な労力だ。構ってしまう自分も自分だが。
「随分とお優しいな」
 いちいちからかってくるジャズは無視に限る。美点に無口が含まれていないヤツを相手にしていたらキリがない。そして、そんな暇もなくなりそうだった。
「オプティマス。⋯⋯敵だ」
 気を引き締めなおしたアイアンハイドは、重く告げた。




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