暗く湿った土の中。
 言葉にするとまるで墓石の下のようだが、そこがシモンズの慣れ親しんだ仕事場だった。セクターセブンの施設はダムの地下深くにあり、悲惨な事故もまれに起こる。まさに墓石の下に潜る覚悟がなければ、やっていけない仕事だった。しかしその仕事とももうおさらばである。エイリアンの捕獲に人生を捧げてきたというのに、それが先日の一件で一変したのだった。


 シモンズは検査エリアのドアを開くと、二台ある検査台──いまはリペア台になっている──のうちの一つにズカズカと近付いた。もう一つのリペア台には、脚を失ったバンブルビーが隅っこにちょこんと座り、メタリックシルバーの物言わぬロボットが横たわっている。その傍に立ち、リペアをしていたラチェットは、無言でシモンズの動きを追尾していた。
「おい、どうなってる!? 貴様ら、この子をどうするつもりだ!!」
 リペア台の上、彼らよりずっと小さな体が横たえられている。トランスフォーマーと違い、脆弱な物質で構成された、人間の少女が。
「どうするつもりもない。いや──どうすることも出来ないと言ったほうが正しいか」
 怒鳴り込んできた人間に答えたのはラチェットではなくオプティマスだった。実写を見下ろし、淡々と言った彼に、シモンズが噛み付いた。
「だが検査をしたんだろう」
「ああ」
「結果は?」
 実写を指差して訊ねたシモンズを見て、オプティマスはラチェットに視線をやった。言葉もなく応えてくるオプティックに、はっきりと頷く。ラチェットはそれを認めると、手を止めて答えた。
「人間的に言えば、疑う余地もなく、死んでいる。だが⋯⋯我々の表現を使うなら、内部システムが完全に停止しているに過ぎない」
 おそらくだが、と付け加えたラチェットは、しばし思案して、ふたたび口を開いた。
「彼女の心臓部に僅かだがエネルギー反応があるように見える。私の高感度センサーでも、そうと確信を持てないほどの、本当に微弱なものだ。オールスパークの残響という可能性もあるが⋯⋯」
「が、なんなんだ?」
 またも口を噤んだ彼に、シモンズがイライラと先を急かす。ラチェットはまた少し思考回路を巡らせてから、続けた。
「仮にそうでなく、私が正しかったとしよう。我々と同じように、人間も自己治癒能力を持っている。彼女の体は徐々に自己修復されるはずだ。だがそれでも、修復を終えたとき、ふたたび目覚めるかどうかは分からない。こんな事態は前例もない。そもそもキューブの力をその身に宿した者さえ、我々の長い歴史の中でも一人としていないのだ。あまりに不確かで、すべてが憶測の域を出ない」
 そこまで聞いたシモンズが、ふん、と高慢な態度で鼻から息を抜いた。彼は、我関せずでバンブルビーの傍に立っていたアイアンハイドを含めた全員の視線が集まったのを確認してから、
「前例ならある」
 ふんぞり返って言った。
「つまり?」
 今度はオプティマスが素早く人間に訊ねた。
「それを説明するにはこの子の生い立ちから説明しなきゃならん。長くなるぞ」
「構わない。説明を求める。なるべく詳細に頼みたい」
「いいだろう」
 エイリアン相手にマウントを取れる機会などこれが最初で最後かもしれない。シモンズは優越感一杯に、鷹揚に頷いた。
「だがその前に」
「なんだ」
「保護シーツを持ってくる。誰が真っ裸で放置しろと言ったんだ、このバカ共!! ちょっとは考えろ!!」
 ぶりぶり怒ってがなりながら出て行ったシモンズに、オートボットは顔を見合わせた。







 ほどなくバインダーと保護シーツを手に戻ってきたシモンズは、実写の体にそれをかけてやり、そのままリペア台に腰掛けた。
「さて⋯⋯そうだな⋯⋯」
 バインダーを横に置き、シモンズは少し考えて、それからゆっくりと語り始めた。
「この子の父親は、うちの研究員だったんだ。とても親しくしていたというわけではないんだが、私の友人でもあった。
 アイツは施設育ちで身寄りのない男でな。不器用で、頭は切れたが誤解を受けやすい性格だった。アイツが結婚したと言ったときはそりゃあ驚いたぞ」
「お前が言うのだから相当だな」
「やめろ、アイアンハイド」
 唸ったアイアンハイドを、オプティマスが即座に諌めた。
 肩を竦めた黒い機体を半眼で睨んだシモンズだったが、大人しく清聴の構えを取った彼に、ふんと鼻を鳴らすだけで許してやることにした。
「⋯⋯嫁さんは実写を産んだときに亡くなったんだが、この子は心臓に問題があって、ペースメーカーを移植した。結果的に、それがこの子を救ったんだ。
 ⋯⋯⋯⋯アイツは研究にかまけて家に帰らないこともあったが、確かに実写を愛していた。良い父親とは言えなかったかもしれんがな」
 シモンズは実写を見つめ、少し遠い目になった。辛い記憶を思い出す顔だ。
「あの日⋯⋯あの運命の日、アイツは久々の休暇だった。前日に、実写と出かけるんだと嬉しそうに言っていたよ。そして⋯⋯アイツは死んだ。信号で停車中にトラックに突っ込まれて⋯⋯ありがちな悲劇さ。アイツは重症を負って、実写は瀕死だったらしい。アイツは、実写が病院に運ばれてももう助からないと悟って⋯⋯だから、万に一つの可能性に賭けたんだ──機械に生命を与える、キューブの力に」
「⋯⋯それで、実写は長らえたのだな」
 オプティマスがそう言いながら、複雑な表情で彼女を見下ろした。
「確かに一度死んだがな。
 ⋯⋯我々は息を吹き返した実写を保護した。あらゆる懸念があった。長いこと廃人のようだったよ。ずっと眠り続けて、時たま目を覚ましたときには何事か呟いたり、キューブの側面にあった古代文字を書くこともあった。おそらく⋯⋯アーチボルト・ウィトウィッキーと同じようにイカれてたんだろうな。
 明確に目覚めたのは、約一年ほど前だ。キューブのエネルギー研究室で、悲惨な事故があった。機械が暴走し、研究員が一名死亡した。そのとき、何かしらのエネルギーが漏出したんだろう。実写は目覚め──姿を消した」
「ここから脱出したということだな?」
 ラチェットの言葉に、シモンズは頷いた。
「ああ。気付いたときにはいなかった。皆、事故の騒ぎのほうに気を取られてたし、まさか目覚めると思っていなかったんだ。私もそうだった。ずっと、このまま此処で保護されるのだろうかと陰鬱な気分だったよ。だから、逃げたこと自体はとんでもないことだったが、私は正直嬉しかった。
 彼女の捜索はすぐに始まったが、結局、行方は知れずじまいだった。お前たちに会うまでは」
 短い沈黙のあと、シモンズはふたたび話し出した。
「彼女が“死んだ”のは五年以上前になる。少なくとも書類の上ではそうだ」
 その言葉にオプティマスが軽く首をかしげた。異質だが、その機械の眼に浮かぶものが何かシモンズには分かる。疑念、猜疑、とにかくこちらの言葉が真実か見極めようとする眼だ。
「事実だぞ。墓だってある。嘘だと思うなら調べてみればいい」
 そこでシモンズは腕時計を確認し、実写の顔を少しのあいだ見つめると、オプティマスに向き直った。
「お前さんらが聞きたいのは、まあ大体こんなところか。悪いが私はもう行く。実写についての情報は、こいつを読めば大体分かる。個人的な話が聞きたいというなら別だが」
 保管台の隅に置いたバインダーをひらつかせたあと、シモンズは出口に向かった。ドアをくぐる瞬間、それまで黙り込んでいたオプティマスがゆっくりと口を開いた。
「⋯⋯君の考えでは、今度も彼女は目覚めると?」
「同じ奇跡が二度起こるかって? 私には分からんよ。お前たちの優秀なスキャンだのセンサーだののほうがよっぽど正確だろ」
 皮肉交じりで慰めの色はなかったが、その口調は言葉ほど鋭くもなかった。
「⋯⋯ならば祈るとしよう。奇跡が二度起こることを」
「⋯⋯あんたらにも祈る神がいるのか?」
「⋯⋯オールスパーク、命の源泉よ──プライマスの御名において願う⋯⋯」
 実写に傅き、頭を垂れて唱えるオプティマスとそれに倣うオートボットたちに、シモンズはそれ以上言葉をかけず、去っていった。




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