「ジャズの様子はどうだ?」
「内部プロセスの修復にもう少しかかりますが、機体自体はリペアも終わりましたし、安定していますよ。遠からず目覚めるでしょう」
「そうか⋯⋯」
 リペア台に横たわる小柄な機体を見下ろし、オプティマスは頷いた。市街地での戦いの最中に引き裂かれた彼の姿は、ラチェットのおかげですっかり元の通り、軽快な動きを見せた頃のものになっている。
「問題はジャズよりバンブルビーです」
 その言葉に、並んだもう一つのリペア台に腰掛けた形の黄色い斥候は、地に着かない脚をぶらつかせた。それを見てオプティマスがひどく悲しげにするものだから、バンブルビーは少し困った表情だ。
「人間たちが可能な限りバンブルビーのパーツを回収してくれたが、失われたものもやはり多い。リペアを終えるのに、しばらくかかるでしょう」
 ラチェットは辺りを見回して肩を落とした。原始的な設備に囲まれている。
「ここがセイバートロン星であればと思わずにいられませんな」
 彼らはいま、フーバーダムの地下にあるセクターセブンの施設の一画に腰を据えていた。第二の故郷と定めた地球で人類のあいだに暮らしていくための、とりあえずの仮住まいといったところだった。
「⋯⋯うむ⋯⋯」
 言葉以上の他意はないラチェットの言葉にオプティマスも頷いた。たらればなど意味はないとよく分かっているが、まだ好奇心と活力に満ち溢れた若者であるバンブルビーが身動きの取れない今の状態は不憫でならない。地下深い場所なので、太陽光を変換するバンブルビーのセルフチャージシステムも無用の長物と化していた。
 膝を着いたオプティマスは、バンブルビーの太ももに優しく触れた。労わるように撫でると、一回り小さな黄色い手が重なってくる。やわらかなビープ音。
「本当によくやってくれた、バンブルビー。お前だけではない──ラチェット、アイアンハイド、ジャズ。そして⋯⋯ここにはいない者たちも」
「何度目だ、オプティマス」
 それまで黙って眺めていたアイアンハイドが呆れたように言う。長い長い戦いが終わり、そこに至るまでのことを思えば感慨もひとしおなのは十二分に分かるが、短いあいだ──人間の言葉で言うなら二週間ほど──に、いまの感謝の言葉を飽きるほど繰り返された。いい加減にしろと怒鳴りつけたくなる。
「すまない、だが、言わずにおれないのだ」
「気持ちは分からんでもないが、しつこいぞ」
 唸るアイアンハイドを一瞥し、ラチェットがオプティマスに向き直った。この黒いのは口下手でいけない。
「オプティマス、言ったでしょう。あなたの負う責任の一部は私たちも負っている」
「⋯⋯ああ」
 曖昧に頷いた彼に、ラチェットも呆れた口調になる。はっきりと言ってやらねば分からないのか。
「だから⋯⋯」
 一度大きな溜め息をつき、
「そうやって何でもかんでも抱え込むんじゃない。戦争が始まったことすら、そもそもあなたのせいではないのだぞ。戦いの中で失われたものも、元を正せばメガトロンの狂気のためだ」
 ラチェットはそこでリペア台の上にいる者たちに手を掲げた。
「彼らだけではない。⋯⋯実写のことも」
 その言葉でオプティマスがますます肩を落とすものだから、バンブルビーが彼を見上げながら大きな手をそっと撫でた。
 アイアンハイドはラチェットよりもさらに大きく排気し、ジャズを見やる。いま、この男が起きてくれていたらと思わずにいられない。ジャズであれば、気軽にオプティマスの肩なり腕なりを叩いて、慰めの言葉を吐いていただろう。それが少しも希望のなさそうな事柄についてであってもだ。ジャズという男は、説得力という点では時にオプティマスを凌ぐことがある。いまこそその奇妙なほどの説得力を発揮する機会だというのに。
「それで⋯⋯実写のほうは?」
 否定も肯定もせず、しばし沈黙していたオプティマスだったが、彼は静かにラチェットに視線をやった。
「毎日定時ごとに調べているが、肉体の回復が思った以上に速い──まあ前例がないからな。予想や予測など無意味なことと分かってはいたが⋯⋯」
「お前の感想は今はいらん。現在の状態はどうなんだ」
 アイアンハイドが結論を急かす。
「すでにほとんどの修復を終えている。だが、オプティマス、前にも言ったことを繰り返すことになるが」
 ラチェットはオプティマスを見つめた。心配の色が濃い視線だった。
「⋯⋯いまの彼女の状態は、我々でいうところのステイシス・ロックに近いと言えるだろう。それでも、肉体が完全に修復を終えたとしても、彼女が目覚めるかどうかは分からない」
「お前の言うことは、私も十分に理解しているつもりだ」
 重く頷いた彼に、ラチェットはかける言葉が見つからなかった。




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