連れ去られた実写は、“堕落せし者”の手に振り回されたせいで少しのあいだ気を失っていた。意識を取り戻したのは全身を走る激痛からだ。

「っ⋯⋯!」

 呻くこともできず、息を吐き出す。目の前に地獄の業火に似た紅蓮が迫っていた。

「感謝しろ。この仕事が終わったら、貴様からキューブの力を取り除き、ただの人間に戻してやる」

 不気味なほど愛想良く言い、“堕落せし者”は実写の胸に鋭い指先を食い込ませた。手加減されていたが、それでも服が裂け、やわ肌に傷を付ける。

「返してもらうぞ。私の力を」

 勝利を確信した“堕落せし者”は、どこまでも邪悪に笑った。

「マスター」

 そのとき、メガトロンがふいに顎を上向けた。彼方から接近してくる一つの影を認めたのだ。遠目にも並々ならぬ闘志を漲らせているのが分かる。二つの力を奪われたオプティマスが、怒りに燃えてこちらへ向かってきている。仕事がもう一つ増えたらしい。
 だがメガトロンにとっては些細なことだった。この虫ケラを手にしているいま、オプティマスが全力で攻撃を仕掛けてくるとは思えなかったからだ。しかし油断はしない。それは“堕落せし者”も同じだった。片手を伸ばし、瓦礫を手もとに引き寄せた。

 二体の視線が自分から外れた隙に、実写は腰に手をやった。オートボットはいつも傍にいてくれる。どんなに形は違っても。
 実写は静かに銃を抜いた。
 自分が傍にいたらオプティマスは攻撃を躊躇ってしまう。この二体はその隙を決して見逃さないだろう。そしてなによりも、この二体にだけは、絶対に“力”を渡すわけにはいかない。
 掴み上げられたまま、実写はわずかに上を見上げる。ぞっとするほど凶悪で、巨大な横顔が眼と鼻の先にある。外す距離ではない。誂えられたような最後の一発。
 実写は躊躇いなくそれを撃った。まるで磁石に吸い寄せられるように、弾丸は“堕落せし者”の眼へ直撃した。
 電子の叫びが弾けると同時、実写は中空へ文字通りに投げ出されていた。




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