ビッグコンボイは放任主義である。

 それはおそらく全員がなんとなく感じていた──いや、きっと確信めいた予感だった。実戦に勝る訓練はないと言っていたし、そもそも見た感じからして甲斐甲斐しく生徒の面倒を見るタイプではない。口数も少なく、知己の仲であるらしいうちのタマとはよく会話しているが、それは単純に彼女が積極的に話しかけるからだ。律儀に反応してやるあたりやはり仲は良いのだろうと思われるが、しかし彼女はビッグコンボイをからかう言動が多いのもあって、無視されることもしょっちゅうである。そして会話といっても、溜め息を吐くだけの返事を返すことが多く、基本的に無駄口を叩かない。
 そういう男なので、生徒たちは彼のことがいま一つよく分からなかった。
 勝利不可能といわれた戦場を単機で勝利に導いてきた、伝説のワンマンズアーミー。噂話は腐るほど多く、そして一人歩きもしているから、いったいどれが真実なのかも分からない。実際目にして分かったのは、その二つ名に違わぬ強さを持っているということくらいだった。
 戦歴を考えれば遥か目上の立場であるし、纏う雰囲気は常に凄みがある。本人にそのつもりはないのだろうが、幾重の死線を潜り抜けてきた目に見えない厚みというか、威圧感があるのだ。生徒たちは怖いもの知らずな若者であり、直属の部下という比較的ビッグコンボイに近しい位置にいるが、やはり気軽に話しかけられる相手ではなかった。とはいえ、ビッグコンボイは興味の尽きない相手でもある。部下としても個人としても、だ。

 だから彼らは作戦を立てた。
 生きる伝説、憧れのビッグコンボイのことをもっと知るために。





「なあビッグコンボイってどんなヤツなんだ?」

 ブリッジの上座にだらしなく座り武器雑誌を読んでいるうちのタマに、コラーダが訊ねた。その席を許されるただ一人、当のビッグコンボイはいまはメディカルルームである。
 ビッグコンボイにナメた態度を取れるうちのタマはそれなりに付き合いが長いのだろうと思われた。我らが鬼教官とどういう関係なのかそこも大いに興味のあるところではあるが、まあ甘い雰囲気が微塵も漂わないあたり腐れ縁なのだろう。
 ビッグコンボイもだが、このうちのタマも強さは未知数である。態度や口調はともかく、見た目は大人しくて、前線でバリバリやっていたようには思えない。のらくらしてるし、からから笑うし、自分から上下関係を放棄している。そのうえうちのタマのほうからもフレンドリーに話しかけてきてくれるし、気さくにスキンシップもしてくるし、素性こそ謎めいてはいるが、とにかくとても話しやすい相手だった。

 つまり、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、というわけである。

「どんなって見たまんまだろ」

 雑誌から視線を上げることもなく答えたうちのタマに、ブレイクが焦れたように詰め寄った。

「そ〜〜〜じゃなくってぇ」

 彼がここまでむきになるのは、それだけ憧れが強いからだ。うちのタマも分かっている。しかし欲しがっているものをほいほいと与えるのは教育上よくないだろうと彼女は考えた。

「いろいろあるじゃないですか! 好きなものとか嫌いなものとか!」
「仮にわたしがお前たちの知りたがってることを知っていたとして、それをお前たちに教えてわたしになんの得があるんだよ」
「得って⋯⋯」
「アンタ、仲間相手でも損得勘定で動くのかよ⋯⋯」
「現金すぎるだろ⋯⋯」

 ブーイングの嵐である。が、うちのタマの知ったことではない。

「あのね、情報は金なの。貴重であればあるほどそれ以上の価値があんの。等価交換できるモン持ってないなら交渉にもならないわけ。お分かり?」

 将来的に──そこまで生き残れればの話だが──彼らの就くポジション的には交渉技術も必要になってくるだろう。これがそれほど先まで見据えてのやり取りだなんて、彼らはこれっぽっちも想像していないだろうけれど。
 なんてのはまあ建前で、単純に若者をからかって遊ぶが楽しいだけだったりするんだけど。

「等価交換って、じゃあうちのタマは何が欲しいんです?」
「それすら分からないようじゃ、お話になんないね」

 食い下がってくるスタンピーに、うちのタマはやれやれと首を横に振る。まったく、てんで駄目である。

「でもまあ、トクベツに一つくらいなら教えてあげよーかね」
「じゃあビッグコンボイの好きなものは!?」

 え、それ? 一つって言ったのにそれ聞くの? もっとないのほかに。ていうかそれ普段をよく観察してれば、いや観察しなくても一緒にいればそのうち分かるだろ⋯⋯。
 迫ったロングラックの顔を手で押しやりながらうちのタマは思うも、まあべつに自分には関係ない。ついと視線を明後日の方向にやり考える素振りを見せてから、彼女は答えた。

「好きなものねえ。⋯⋯肉体言語、かな」
「ああ、ね⋯⋯」
「確かに戦ってるとき楽しそうですもんね⋯⋯」
「とくに近接のときが一番生き生きしてるっつーかな⋯⋯」
「予想通りすぎる答えで面白くないレベルだぜ⋯⋯」
「質問間違えた⋯⋯」

 うんうんと頷き合う(一名項垂れている)生徒たちに、うちのタマが小さく喉で笑って呟いた。

「若いなぁ」
「ですねえ」
「でもちょっと意外⋯⋯いやそうでもないか⋯⋯」
「まあずっと前線に出てんだしな」
「だな。そんくらいじゃねえと伝説のワンマンズアーミーは務まらねえってこったな」

 また頷き合う生徒たちに、うちのタマの笑みが深くなる。
 その口角と、彼らのやり取りを黙って見ていたハインラッドも「ほんと若いなぁ」と思った。察しの悪いブレイクたちにもだが、ビッグコンボイにもだ。

 だって──拳で語り合うだけが肉体言語じゃないよねぇ、と。



 上官二人は意外とお盛んという一言がハインラッドの秘密のメモ帳に記されたのかどうか、誰も知らない。でももしかしたらベクターシグマは知っているかもしれない。




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