Aweking optimus
「パパ! 居間にミサイルが!」
半泣きになりながら納屋に入ってきた娘が、何かに気付いて甲高い悲鳴を上げた。
「なんだ、テッサ!」
指差す先を見れば──トラックから白い腕がだらりと生えていた。
さすがにこれにはケイドも悲鳴を上げる。一晩中弄っていたトラックの中に死体があったとなると、不気味を通り越して恐怖しか感じない。
「もうイヤだ、お願いだから通報してよ!!」
「やっぱり殺人マシーンだ! 全員殺される!」
しかし、テッサとルーカスの叫びに、ケイドは逆に冷静になった。
人間なわけがない。買い取ってここに運んできてから一日は経とうとしているのだ。仮に人間だとしたら、この気温なら確実に腐敗が始まって臭いを発しているはず。生きているにしても、少なくとも一日前から潜り込んでいることになる。黙って、食事も取らずにだ。
「落ち着けよ、落ち着けって──あれはきっと人形、マネキンだ。あんなところに人間が入ってるなんて有り得ない。ルーカス、手伝え」
「嫌だ」
間髪入れず返されたその拒否には、今までよりも強い響きがあった。仕方なく、ケイドは一人でトラックに近付く。間近で見ると、やたらリアルな出来だった。白くて細い。子供の、少女の腕だ。
恐る恐る手を伸ばし、触れるか触れないかのところで、
「こういうのゾンビ映画に有りがちだよな。死んでると思ったらいきなり動いて、身構える暇もなくガブッ! 噛まれる」
「やめてよ、ルーカス!」
ケイドはちらりと二人にやった視線を戻す。いったん下がって辺りを見回し、転がっていた鉄パイプを取った。
「お願い、パパ⋯⋯」
「大丈夫だ、大丈夫⋯⋯」
哀願する娘に小さく返し、ケイドは改めて手を伸ばした。
ミサイルが当たった衝撃で飛び出してきたのだろうその腕は、どこか有機的な印象を与えるケーブルに飲み込まれるようにして生えている。鉄パイプでチョイとつついてみたが、腕もケーブルも反応はない。ひとまず安心して、そのまま鉄パイプでケーブルの束をこじ開けようとしてみたが、驚くほどの強固さだった。これでは引っ張り出すしかない。
嫌々ながらも、ケイドはそっと腕に触れ──
「⋯⋯嘘だろ⋯⋯」
愕然と呟いて、鉄パイプを放り出した。
「おい、手伝え! 生きてる! まだ温かい!」
腕の生えている部分から、無理やり奥まった場所へ手を突っ込む。髪に触れ、肩に触れ⋯⋯腰のベルトを掴んで力任せに引きずり出した。
最初に目に付いたのが、その身体には不釣合いな迷彩服だった。あちこちが破れ、一部は焼け落ちたように端が焦げて肌が露出している。それから、服に空いた風穴。明らかな銃創の跡と、夥しい血痕。ごわつく生地に、血を流してからずいぶんと時間が経っていることが知れた。
恐怖と驚きに肩を震わせながらも、ケイドは横抱きにしたまま耳を近付ける。
──本当に、生きている。
「⋯⋯ぅ、う⋯⋯」
浅い呼吸の合間に漏れた小さな呻きに、ケイドはビクリと顔を上げた。瞼が開き、焦点の合わない瞳が揺れている。唇から乾いた吐息がこぼれた。
覚醒する人間を彼がまじまじ観察していると、目覚めた少女は不意に息を呑んだ。
「ゃ、あっ⋯⋯はなして⋯⋯!」
掠れた悲鳴を上げ、たちまち腕の中で暴れ出す。
「ちょ、落ち着け⋯⋯! 分かったから! いま下ろすから!」
爪を立てられて顔を歪めながらもケイドは言うが、パニック状態の少女には届かなかった。
目覚めたばかりで力が入らないのか、抵抗は弱々しい。それでも、死に物狂いで筋肉をうねらせて暴れられたら堪ったものではない。落とさないように負けじと力を込めると、動きを封じられた少女が叫んだ。
「いゃだっ オプティマス⋯⋯!」
応えるように、死に体同然のトラックが、唸りを上げた。
あちこちが開き、曲がり、折りたたまれる。金属がほどけ、擦れ、噛み合い、嵌まり込んでいく音と共に、憤怒と怨嗟の叫びがあった。
「殺すっ⋯⋯! 殺してやる!!」
二足歩行のロボットの姿となったトラックは、棚や机、ドラム缶をなぎ倒しながら、うつ伏せの状態から立ち上がった。ふらつき、納屋の支柱に身体をぶつけながらも、背中から巨大な銃を取り出している。
一瞬、視線がさ迷い──
ケイドを、見付けた。
「離せ!!」
絶叫と同時に、百キロは軽く超える拳が彼の真横に打ち落とされた。衝撃と恐怖に尻餅をつく。
「オプティマスっ」
「いってぇ!」
さらに少女に蹴り上げられ、ケイドは無意識に抱き締めていた身体から手を離した。
驚いたことに、少女は鋼の脚の間へ、転がるように逃げていく。
「だめだっ、そっちは」
ケイドは反射的に腕を伸ばした。瞬間。
「実写に触れるな──!!!!」
それは古い納屋全体を揺るがす爆音だった。言葉として聞き取れるかどうかの境目だったが、幸運にもケイドはその音を意味として捉えられた。空気の壁に殴られてふらつく頭で、それでも慌てて立ち上がり後ろに下がる。降伏のポーズを取って、ケイドはロボットを見上げた。
巨大な銃口と機械でできた異質な眼が、こちらに向いている。
「触れるな──彼女には、指一本触れさせない、絶対に!!」
「分かった、アンタの言うとおりにするから! 撃つな! 撃つな!」
刺激しないように、ケイドはさらに下がって、テッサを自身の身で隠しながら壁に背をつけた──が、
「けっ、警察!」
上がった叫び声に、ロボットは素早く反応した。腕を振り、逃げ出したルーカスを銃でしたたかに打ち倒す。
「ルーカス、動くな! 落ち着け!」
倒れたルーカスは額を押さえて呻きながらも、ケイドの言葉に従って、ホールドアップしつつよたよたと起き上がった。
「騒ぐな、人間よ」
ロボットがあえぐように言う。元のトラック姿がボロボロだったのだ、誰がどう見てもひどいダメージを受けていることは明らかな様相だった。
ケイドは娘を手振りで宥めつつ、生来の度胸で巨大なメカノイドに少し近付いた。すると、彼は足元の少女を確認しながら後ずさっていく。銃口をこちらに向けていたが、手の中のそれが使い物にならないと気付いたのか、呻くように言った。
「武器システムの故障だ」
「ミサイルが突き刺さってたんだ。そいつは俺が取り除いたが⋯⋯ひどいダメージだったぞ」
混乱と驚愕と、警戒に満ちた目が見下ろしてくる。ケイドはホールドアップしたまま、小さな歩幅でさらに近付いた。少女を護りながらも、ロボットはやはり怯えたように後ずさる。
──怯えたように?
狼狽え、後ずさる様は、そうだ。明らかに怯えている。圧倒的な力を持ちながら、その気になれば人間など一瞬で始末できるはずなのに。彼は⋯⋯彼らは、怯えている。
何故? 何に?
「逃げないで、怖がらないでいい。
俺はケイドだ。ケイド・イェーガー。とにかく、落ち着いてくれ。俺は⋯⋯俺は、アンタたちに危害を加えるつもりはない。ここは俺の家で、俺はエンジニアだ。あんたたちを助けたい」
ケイドの選んだ言葉は、少なくとも彼の警戒をわずかに解くことに成功したらしかった。銃口を下ろし、探るように見詰めてくる。沈黙は短かった。