「五百だ。悪いがこれ以上は出せないね」
 店内に運び込まれた様々な電子機器を指して男が言った。電卓、携帯電話、電子辞書などの小さいものから、電子レンジ、オーブントースター、パソコンに冷蔵庫⋯⋯と、大きいものもある。
 新品同然のそれらへつけられた値に、言われた少女のほうは納得いかないと顔をしかめた。
 彼女は、自分が持ってきた商品をもっと売り込もうと身を乗り出しかけたが、店に差し込む橙の陽光に迷いも見せた。この町はあまり治安が良くなく、間違っても夜に外を歩こうとは思わない。日が落ちる前に、滞在している宿に戻りたかった。
 言葉が出てこなかったその一瞬から彼女の気持ちを察した男は、一旦店の奥へと引っ込んで、すぐに戻ってきた。
「不満ならよそへ行きな、実写」
 何か言いかけた少女に、男は畳み掛けるように言って金を渡してやった。きっちり五百ドル。
 実写と呼ばれた彼女は不満げな表情をして、けれどすぐに溜め息を吐く。これ以上は粘っても無駄だろう。肩を竦めて敗北を認めた。宿に戻るまでの時間があまりないのも分かっている。
 彼女は金をズボンのポケットにねじ込んで、さっさと踵を返した。
「じゃ、またよろしく」
「もう来ないよ」
「⋯⋯そうか」
 少女の返答に、店主はちょっと神妙な顔になって頷いた。
 流れ者が多いこの町は二、三度顔をあわせてそれっきりというのも珍しくない。古傷を抱えた者が自然と集まり、離れ、時にはまた戻ってきたりする者や、住み着く者もいる。
 この少女が商品を持ち込んできたのはこれで五回目だったが、どうやら彼女はもう行くらしい。縁があればまた会うこともあるかもしれないが、男にはあまり関心のないことだった。少女のこれからの先行きを多少、心配はしたが。しかし、それも所詮はその場だけの感情だ。
「ま、達者でな」
「うん。ばいばい」
 男に手を振って別れを告げると、実写は店を出た。茜の空を見て、ビルの裏路地を通って近道するか、ちょっと遠回りだが素直に表通りを行くか、少し迷う。普段なら夜が迫ったこの時刻に裏路地を通ろうとは思わないが、二日連続で一仕事こなしていて、とても疲れていた。
 疲労に後押しされ、実写は素早く辺りを見回すと裏路地に入った。長居しようなどとはもちろん思わないので早足に駆けていく。
 一つ目の角を曲がりかけたところで、実写はふと足を緩めて振り返った。
 表通りの逆光に照らされ、人影が三つ。背格好からすると全員、男だ。それを認めた瞬間、反射的に走り出していた。表通りを行くべきだったと後悔するが、もう遅い。背後から追ってくる気配と奇声。ジャンキーめ、と内心毒づくも、膝が震えていた。





 NIRVANA




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