地球に降り立ったオプティマスは誰に見られることもなく、大型トレーラートラックへの擬態を速やかに済ませていた。街中を走るには少々向いていないが、こればかりはいくら彼でもどうしようもない。
 次に、インターネット内にある入手可能な情報を全てダウンロードして、それが終わるとほとんどの動力を広域センサーへ振り分けた。アークの高感度センサー群ですら追尾出来なかったため捜索は難航するだろうと思っていたが、意外にも対象はすぐに見つかった。その人間が常に微弱なエネルギー波を垂れ流していたからだ。アークからでは距離がありすぎて追尾出来なかったらしい。
 納得し、それから、ディセプティコンに気付かれなかったのが本当に奇跡だとオプティマスは思った。いや、気付きはしても、エネルギー波のあまりの弱さから注意を向けなかったのかもしれない。こちらがオールスパークの確かな手がかりを掴んだように、向こうも同じ手がかりを掴んでいたなら、その可能性はより大きい。まあ、どちらにしろ好ましい状況ではないのだが。しかしなんにせよ、その人間は運良く魔手を逃れ、生き延びた。それだけは喜ばしい事実だ。
 オプティマスは広域センサーを切り替え、対象に的を絞って移動を始めた。さほど距離があるわけではないし、相手は今のところ一箇所に留まっている。直線距離で約一キロ。これなら五分とかからず接触できるだろう。
 量だけは多い情報の中から近辺の詳細な地理を呼び出して確認してみると、その人間は現在、表通りに面したショップにいるようだった。これでは話しかけることすら難しい。自分たちの存在を明かすには人目のない場所でなければ無用な混乱を招くだろう。しかし、だからといって通りに出たところを狙って人気のない場所まで追い立てるのは、いくら時間がないといってもさすがに可哀想だ。
 オプティマスはとりあえず、そのショップへ移動しながら、動力を唸らせて思案する。陽が完全に落ちていれば、闇に紛れてまだやりようがあるのだが。困ったな、と日没の時刻を調べてみる。
 その時だった。
 目標人物が極々ゆっくりと動き出し──その移動のスピードが、裏路地に入ったあたりでほんの僅か上がった。走っているらしい⋯⋯が、何かおかしい。聴覚センサーのレベルを最大まで上げてみる。
 乱れた息遣いが四つ。一つは細い。人間の中でも小さい者。まだ肉体が完成していない子どもだろう。残りの三つは、合間に聞こえる声で成人した男性体だと分かった。狂気を孕んだ足音に、怯えた足音が不規則に重なる。異様だった。間違いなく獲物を狩るそれだ。追われている。互いの距離は約二十メートル。子どもの足では、このまま走っていたのでは逃げ切れない。
 オプティマスは瞬時に判断を下し、エンジンを唸らせ、タイヤを軋らせた。たった一瞬の迷いが命取りになることもあるということを彼はよく知っている。



 オプティマスが制限速度をぶっちぎって目標地点へ到着するのと、目的の人物──少女だった──が裏路地の出口にたどり着いたのはほとんど同時だった。彼女はオプティマスの巨体に逃げ道を遮られて焦り、追ってくる男たちを振り返る。
 道を塞ぐように停車したオプティマスはドアを開き、多少の人目はあったが構わず精密作業用のケーブルを展開させて彼女の体を自身の機内へ引きずり込んだ。
「⋯⋯ゃ⋯⋯っ!!」
 突然現れたトラックと金属の触手に驚愕して動きを止めた男たちだったが、少女のか細い悲鳴に、彼らは素早く反応した。腰から拳銃を抜くと闇雲に撃ちまくる。
 オプティマスは刹那で弾道を弾き出し、少女の体をケーブルで守った。多少の痛みはあったが、ケーブルとてオプティマスの一部だ。機体のなかでもとりわけ強度の低いパーツといえど、僅かな亀裂すら許さなかった。人間の原始的な武器はすべて壁に向かって跳弾し、少女は傷付けられることなく安全な機内へ押し込められ、ドアが閉ざされる。
 轍を残して急発進しながら、オプティマスは少女の体にスキャンをかけて無事を確認した。
 彼女は蒼白な顔をしていたが、賢明にも、騒いだり動いたりはしない。ただ固まっているだけかもしれないが。
「大丈夫か?」
 男たちの声から使われている言語を特定していたのでそれを使って呼びかける。彼女はびくりと震えて運転席から助手席のほうへ身を引いた。じりじり下がって、弾かれたようにドアハンドルに手をかける。しかし、見越してロックしておいたのでドアがガツンと音を立てただけだった。
「怖がらないでほしい。恐怖やその他から自由であることは知的生命の権利だ。私は人間を傷付けない」
 これ以上怯えさせないように抑えた声で言うが、少女は明らかに怖がっている。まあ仕方のないことだろう。だが、彼女にはとにかく立場を理解してもらわねばならない。
「私は決して君を傷付けない。どうか安心してほしい。ただ、君に話したいことがあるのだ」
 先ほどよりも砕いた言葉に、彼女はそろそろと視線を巡らせた。
 恐慌状態の一歩手前といった体から少しだけ落ち着いた少女に安心して、オプティマスはもう一度改めてスキャンをかけた。警戒させないように相手が目視出来ない類のスキャンで分析していく。
 身体的な面では、これと言って特徴はない。人間の中でも脆弱な部類に入るであろう、ただの少女だ。だが、その心臓部を中心にして微弱なエネルギー波が放射状に広がっていた。自分たちが最大まで精度を上げたセンサーでも感知出来る範囲は二キロというところか。見つけたのは本当に偶然としか言いようがない。
 あらかた情報を取得し、ラチェットに報告するため大雑把にそれをまとめた。こういったものは彼に任せたほうがいい。
 作業が一段落して、オプティマスは名乗ってすらいないことに気付いた。少女に意識を向ける。
 市外へ向かっていることに気付いたのか、彼女は恐々といった様子で無人の運転席を眺めていた。擬装用のホログラムも忘れていることに気付き、適当に通行人をスキャンして投影する。途端、少女が喉の奥で引きつった悲鳴を上げた。
「驚かせてすまない。これは擬装用のホログラムだ。害はない」
 少女の神経系に現れたショックが落ち着くまで待ってからオプティマスは続けた。
「私はオプティマス・プライム。君の名前は?」
 訊きたいことは多いが、混乱させないようにとりあえず核心は避ける。
 少女は少しのあいだ沈黙していたが、やがて意を決したように何度か震えた呼気を吐き、口を開いた。
「⋯⋯実写」
 西に薄々と朱が残る藍の空の下を走りながら、オプティマスはその名をメモリーに収めた。
 か細い声を反芻させる。自分たちとはまったく異なる存在のものだが、響きがとても好ましいと思った。良い名だ。
「──了解し、記録した。実写」




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