オプティマスがラチェットのラボに訪れるのは、たいていの場合、その他を“愛した”あとだ。四肢や翼をもがれた歪な機体を後生大事に抱え、軽い足取りでやって来る。
 リペアを施し、塗装を整え、綺麗に磨いてやる。それら全てを自身の手で行うオプティマスは、彼女の面倒を見るのが楽しくて仕方がないらしい。

「彼女を前にすると自分を抑えられなくてね。まったく、私をこうも狂わせるなんて悪い子だ⋯⋯」

 噎せるような甘さと艶を含んだ声で、オプティマスは誰に聞かせるでもなく呟いた。
 一方、ラボの主のラチェットも、リペア台を挟んだ向こう側、いまだ興奮の中にある男に対しては無関心だった。リペア台に横たわる機体の処置のほうが、彼にはよほど興味がある。

「それで、いつものようにすっかり“元通り”にするんですか?」

 声どころか、ボディーにも情事の名残が濃いオプティマスにさえ、ラチェットは頓着しない。それこそ、いつものことだからだ。
 多少は機体の熱が下りつつあるらしいオプティマスは、機嫌良さげに頷いて応えた。

「もちろんだとも」
「ふぅむ⋯⋯ですが、それじゃあ⋯⋯。ああ、そうだ。口内パーツを除去してみてはいかがです。噛み付くから口を犯せないと仰っていたでしょう? きっと貴方のお気に召すと思うのですがね」
「駄目だ。私は、彼女の全てを愛しているのだよ。彼女を構成する全て──ネジの一本、オイルの一滴さえ、失われるのが惜しいのだ。それに、彼女がいつ、自らの意思で私のコネクタをその口で愛してくれるか⋯⋯焦らされるのも愉しいものだぞ」

 オプティマスはカメラアイを細め、くつくつと笑った。遠くにある何かを掬い上げるような眼差しで、熱い排気を零す。

「その瞬間を想像するだけで⋯⋯私は⋯⋯嗚呼⋯⋯」

 恍惚とした表情で夢想に浸るオプティマスに構わず、ラチェットは顎に手をやって少しばかり思案した。
 減るのは嫌と言う。それなら、増えたら嬉しいのではないか? 少なくとも、自分は嬉しいし、楽しい。

「ならば、減らすのが駄目なら、足してみるのはどうです。腕を二本、脚も二本足してみるとか。引き千切る楽しみが二倍になりますよ」
「ああ、確かにお前の案は魅力的だな、ラチェット。だが、彼女はありのままの姿が一番美しいのだ。足すことも、引くことも、このオプティマス・プライムが許さぬ。いいな、忘れてくれるなよ⋯⋯無益なことはしたくないのでな」

 ラチェットにはごく平凡な機体にしか見えないが、まあオプティマスがそう言うなら、そうなのだろう。それでも、いつも思うのだが、“元通り”になんてあまりにつまらなくはないだろうか。

「なら、見た目に変化がない部分では?」
「──ラチェット」

 果敢にも食い下がったラチェットに、オプティマスの声が危険な色を孕んだ。

「ああ、ああ。分かりました。もう言いません」
「よろしい。くれぐれも、私をあまり怒らせてくれるな」

 そうして、彼女は不毛な再生を繰り返されるのだ。まるでぜんまい仕掛けの玩具のように。




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