可能性の獣
「ありがとうございます、マクレーン。わがままに付き合ってもらって」
「構わない。撃ってみたいと言われた時はさすがに少し驚いたが」
君は意外と好奇心が強いんだな、と笑うマクレーンに、BP-115ははにかんだように唇を結び、鍔を模したヘッドパーツに手をやった。デッカードそっくりなその仕草に、彼の笑みは余計に深くなる。
「それじゃ、ほら。とりあえず構えてみてごらん」
頼りなさを感じるほどの彼女の手の細さにちょっと心配になったが、マクレーンは射撃ゾーンに入ったBP-115に自分の得物であるショットガンを渡した。
「えっと⋯⋯マクレーンはいつもこんな感じで構えてますよね」
BP-115はファイアリング・ラインに立つと、口では迷いながらも淀みなく目線の高さで構えた。その姿勢の美しさに、マクレーンは少し驚く。
「ああ──なかなか筋が良いぞ」
「ホントですか?」
弾んだ声で振り向いてきたBP-115に、マクレーンも微笑する。
「ほら、前を向いて。脇をもう少し締めたほうがいいな。もう少し⋯⋯うん、完璧だ。じゃあ狙って⋯⋯よし、撃ってごらん」
BP-115の肘に触れて指導していたマクレーンは隣の仕切りまで退がった。的、銃口、銃身、そして彼女の横顔へと視線を流していく。
普段と違う眼差しは、それだけで惹き込まれた。先ほどまでふわふわと受け止めてくれるようだったやわらかな空気が、研ぎ澄まされた抜き身の刃物のごとき鋭利さで張り詰めている。纏う気配の変貌振りはシャドウ丸に似ていて、シリーズは違えどやはり双子なのだなと思わされた。
眇めた眼の瞳孔が、きゅうと音を立てそうな鋭さで絞られる。それが射抜く先は何を見ているのかと、ふと思った。
「⋯⋯97.07⋯⋯」
緊張の第一発。
聴覚器官を劈いた銃声の反響が消えた頃、BP-115が呟いた。
「⋯⋯一応訊くが、ショットガンを使ったのは初めてなんだろう?」
「ええ」
「だったら上出来だと思うが、不満そうだな」
「うんん⋯⋯。⋯⋯やっぱり、両手で扱うといっても、わたしには反動が強すぎるみたいですね。撃った瞬間に照準がブレました」
「初めて扱う武器なら我々でも伸びる可能性はある。少し練習してみるといい」
「いいんですか?」
「構わない」
頷けば、BP-115はチラと壁時計を確認した。
「じゃあ⋯⋯十五分だけ。お借りして良いですか?」
「ああ、十五分と言わず好きなだけ練習するといい」
それからBP-115は黙々と撃ち始めた。
伸びる可能性はあると言いはしたものの、それでもせいぜい0.5パーセントでも上がれば良いほうだろうとマクレーンは思っていた。定められた数値の中に生きる自分たちにとって、0.01パーセントでさえ恐ろしく高い壁だ。バグや機体の不具合でもない限り命中率が下がることはないが、しかし上がることもない。平坦でブレない数字がそこには横たわっている。努力と経験で100への溝を埋められるのかどうか⋯⋯マクレーンには分からない。
しかし、BP-115は彼の予想をはるかに超えてきた。
一発撃つごとに、確実に近づけてくる。見入ってしまって時を忘れたマクレーンを動かしたのは、やはりBP-115だった。
「あ、98出た! やったあ!! マクレーン、どうですか!?」
キラキラした眼でBP-115が歓喜の声を上げて、マクレーンはビクッと肩を揺らした。まだ再装填もしないうちにここまで命中率を上げてくるなんて、よほど相性が良いのか、それとも──。
「あ、ああ⋯⋯」
「もう少しいけるかな?」
慌てて頷くが、BP-115はすでにふたたび構えている。まるで新しい玩具に熱中する子供の横顔だ。
それからさらに寄せてきたBP-115に、マクレーンは感嘆の溜め息と共にポツリと呟いた。
「正直に言っていいか?」
「ええ、もちろん」
ようやく撃ち切り、再装填しながら、彼女は頷く。
「君には悪いが⋯⋯正直、ここまではいかないと思っていた。もしかして、君には何か我々の知らない機能があるのか? 射撃能力を向上させるシステムの類とか」
「ないですよ。
ただ、わたしは皆より非力だから、知識と技を身に付けろと」
装填を終え、言葉を切ったBP-115が撃つ。
98.03。
「二人に⋯⋯とくに、カゲロウに言われてきました。新しい武器に興味が湧くのもそれが根っこにあるんでしょうね。非力な分、それを補うために手札を増やそうと。わたしは、単独任務においての帰投をより確実なものとする、その手段を一つでも多く得るために」
98.04。
「あらゆるパターンを想定して、困難な状況をどうすれば切り抜けられるか。武器の種類と組み合わせ、身体の使い方、ときには心理戦も含めての戦術、他にも色々。それらをカゲロウに叩き込まれました。訓練して、テストして、調整して、その繰り返し」
98.05。
「その結果がこの器用貧乏ってことですね」
「⋯⋯BP-115、君は⋯⋯」
「なんですか?」
的を見据えたまま、BP-115が応える。
「⋯⋯君は⋯⋯⋯⋯カゲロウは、君に、我々の新たな可能性を見たのかもしれないな」
「よく分からないんですけど、それデッカードも言ってました」
狙いを定め、撃つ。
98.06。
努力によってスペックを、己の限界を超える力。それが自分たちに備わっているのかどうか。彼女のこの命中率上昇を『未経験の武器への慣れ』で済ませていいのか分からない。
与えられた規定の射撃メニューをこなしてきたがこれまで自身の最高値を更新したことがないマクレーンにとって、もはや彼女が恐ろしくさえ感じられた。
「⋯⋯君は、どう思う?」
「どうとは?」
「我々が、スペックを超えられるかどうか──今、その答えに一番近い場所にいるのは君だと私は思う。おそらくカゲロウは、そしてデッカードもそれを感じたのではないだろうか」
「デッカードにも同じことを訊かれました。けど、どうでしょうね? そうであればとは思いますが、わたしには分かりません。あなたが分からないのと同じに──そして、二人がわたしに対してどう感じているのかも、正確には」
98.06。
「でも可能性の話でいうなら、やはりわたしではなくデッカードでしょう。彼はオリジナルだから。その質問はデッカードにするべきです。もちろん、子であるわたしたちには出来ないと言うつもりもありませんけど」
彼女自身はそう言うが、デッカードが自分と同じことを彼女に訊いたのなら、やはりそういうことなのだろう。
「98.06⋯⋯ダメですね。これが限界」
構えを解いて肩を落としたBP-115に、マクレーンは首を横に振った。
「いや、ここまで近付けただけでも驚異的だ。君は⋯⋯君は、すごいよ、BP-115。出来れば、これからも練習を続けてみてほしい」
「ありがとうございます。でもなんかプレッシャー感じますね。わたしは普通にしてるだけのつもりなんですけど」
苦笑する彼女に申し訳なくも思うが、それでもやはり諦めきれるものではなかった。
「深く考えなくていい。君の好きなようにやってくれれば、それで」
「ああ、また、デッカードと似たようなことを」
笑みの質を変えて、BP-115が言う。
マクレーンも優しく笑い返し、差し出されたショットガンを受け取った。気付けば、当初の約束通りの十五分。素晴らしい、とマクレーンは内心で歓喜に震えた。
もしも⋯⋯。
もしも、定められた数値を越えていけるなら。
もしも、人と同じように努力で強くなれるのなら。
それは、私たちは心を縛る鋼の身体を超え、人間に近付けるという証の一つになるのではないか?
「デッカードも、私も、教え甲斐のある生徒ができたものだと喜んでいるだけさ」
だからこそ、君が“そう”であることを願う。我々が途方もない夢を見続ける、その導になってくれるかもしれないと淡い期待を抱いて。