フラッシュキッドがアポも取らずに会いに来たあの日。午後の練習が終わってメンテナンス・ルームに戻ってきたメンバーから、やわらか人間は当然ながら質問攻めにあった。いつなにがどうしてそうなったのか、もはやべつに隠すことでもないだろうと彼女はペロッと吐いたのだが、その後に訊かれた一言に固まってしまった。

「やわらか人間って、フラッシュキッドのこと好きなの?」

 なんでそうなる、と思わないでもなかったが、生真面目に考えてしまった自分が恨めしい。

 彼のことはべつに嫌いではない。けれども、そう訊かれたらちょっと困ってしまう。だって、好きだと言えるほどフラッシュキッドを知らないのだ。当たり障りのない、表面を撫でるような会話しかしなかった──しかも後半はほとんど記憶にない──し、それだけで好きだなんて言えない。言ったらむしろ失礼な気がして答えに窮したら、やっぱり、と言われた。
 違う、と即座に返したのもまずかったのだという自覚はある。そっち方面ではしゃげるメンバーが勝手に盛り上がって、それで収拾がつかなくなったところに、

「もうやめてやれ」
「あまり首を突っ込むな」
「馬に蹴られるぞ」

 ──等々、大人組の発言で場がうやむやになってしまい訂正するタイミングを見失ったおかげで、いま現在もやわらか人間は誤解されたままになっている。完全にありがた迷惑だ。

 もちろん後日、否定はして回ったのだが、

「照れなくっていいネィ!」
「ボク⋯⋯アスターが幸せになるなら、応援する」
「幸せになってくださいね⋯⋯」

 と、最後に至っては咽び泣かれたのでもう諦めた。
 ほっとけばそのうち誤解と気付くだろうし、躍起になって否定するとドツボにハマると踏んだのだ。
 しかし彼らはふた月以上経っても「フラッシュキッドとは最近どうなの?」と蒸し返してくる。フラッシュキッド本人からはあれ以来連絡もないので、どうもこうもないにも関わらずだ。悪気なく訊いてくるのはまだいい──いや、むしろ厄介だからよくはないがまだ許せる──が、分かっていて訊いてくるのはタチが悪い。完全に面白がっているだけなのだから、ゲンナリするのも致し方ないことだと思う。

 そういうわけで、やわらか人間は最近、アンニュイな表情をしていることが多かった。もともとどちらかといえば大人しい性格なのだが、近頃の彼女はすっかり萎れた花のように元気がない。
 それを「きっと恋煩いってやつだ」「フラッシュキッドめ、なんで連絡を寄越さない」とさらに誤解を重ねるあたり、シルバーキャッスルの面々(一部)はある意味でスゴいといえる。

 しかし、そうなると最初は笑っていたルリーも、さすがにからかっているメンバーには止めるよう注意した。それほどに、物憂げに考え込む姿は儚く、同情を誘うのだ。
 ⋯⋯が、実際のところやわらか人間の本心はどうなのか。ルリーはそういうお年頃だし、身近に話題の種があれば尚更気になる。
 そんな気配がやわらか人間にも伝わっていたのだろう。タイミングを窺っていたところ、事務処理の合間の小休止中に彼女のほうから切り出された。

「気になってるんでしょう?」
「えっ」

 なにが? なんてルリーはとぼけてみるが、思いっきりどもっていた。
 やわらか人間は微笑するだけでとくに言葉を続けることはしなかった。
 彼女はいつもそうだ。きっかけは与えてくれるが、そこから踏み込むかどうかはこちらに委ねて、自分から語ることはあまりない。

「⋯⋯。フラッシュキッドのこと⋯⋯ほんとはどうなの?」

 けれど、きっかけを与えてくれるということは踏み込むことを許してくれているということでもある。訊きにくいことはそうやって導いてくれるから、ルリーはいつも甘えてしまう。

「皆にも言ったけど、嫌いじゃないよ」

 否定とも肯定とも取れない返事を苦笑で返され、ルリーは幼い仕草で首を傾げた。

「じゃあ、好き?」
「これも言ったけど、本当に、好きって言えるほど彼を知らないの」
「⋯⋯じゃあそんなに悩む必要ないんじゃないの? 皆の言うことなんて放っとけばいいじゃない」
「⋯⋯でも⋯⋯彼って、格好良いよね」
「えっ!? えっと、う、うん⋯⋯」

 随分とミーハーな発言にルリーは驚いた。やわらか人間は間違ってもそういうタイプではなく、リーガーに対して平等に愛情を注ぐ人だ。それも、自分の父とは少し違う方向で。
 技術者としての好奇心も混ざっている節のある父と違って、やわらか人間の注ぐそれは母性の塊のような、慈しむだけのものだ。もちろんジャンルや顔で揺らいだり傾くような軽い愛情ではない。
 そんな彼女が言うものだから、ルリーは妙に緊張した。そんなルリーの心情を分かっているのかいないのか、やわらか人間は溜め息を吐いて、困ったような、悲しむような、微妙な表情で俯いた。

「だから困るのよ。助けてもらったとき、なんていうのかな⋯⋯ときめいた? すごく格好良くてドキッとしたの。でも、それって、なんだかあんまり安っぽいでしょう。それだけで好きって言い切るのも失礼だし、自分の気持ちがよく分からなくて、だから悩むの。考えたって分からないからもうやめようって思うのに、皆が蒸し返すから結局思い出して余計に分からなくなる」

 なんでこんなことに、なんて嘆いているやわらか人間に「それって恋の始まりなんじゃあ⋯⋯」と突っ込みそうになる。根が真面目だから、きっかけが容姿だったということが引っかかって素直に受け入れられないのだろう。それは分かったが、自分はどうして気付かなかったのか。
 やわらか人間本人が肝心な部分に目を向けていないからだろうか? それでもきっとよくよく観察すれば分かったはずだ。物憂げに考え込むその姿は恋に落ちた乙女のそれではなかったか? その溜め息は甘く、薔薇色ではなかったか?

「⋯⋯やわらか人間、フラッシュキッドに会いに行ってみたら?」
「えっ」

 うろたえる様なんて、まさに恥らう少女そのものだった。

 ああ、心配して損した。シルバーキャッスルはいつも通りに平和なのだ、日々を彩るスパイスがちょっぴり加わっただけで。

 ルリーは戸惑うやわらか人間を置いて、ウキウキとスケジュールの確認に入った。

 とりあえずデートさせてあげなくちゃ。まずはお互いを知るところから、とにかくその機会を作らないといけない。
 そして、フラッシュキッドも満更ではないのではないかとルリーは考える。
 わざわざ礼を言いに来たというくらいだし、好感度レベルはけっこう上がっているんじゃないだろうか。
 ここからどう転ぶかは分からないが、逸る気持ちを抑えられない。

 人間とリーガーの結婚を法律上認めるべきという世論も出始めているし、もし二人が夫婦になって、もしフラッシュキッドがあわよくばうちに来てくれたら、ガッポガッポ儲けられる! フラッシュキッドの容姿にはそれだけの経済効果があるのだ!! これでシルバーキャッスルの経営面での安泰がさらに確かなものとなる!!!!

「頑張ってね、やわらか人間!!」

 拳を握り何やら猛烈に燃えている彼女に、やわらか人間は困惑するしか出来なかった。




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