「やわらか人間!!!!」

 シルバーキャッスルのメンバーがサッカーの練習に勤しんでいるグラウンドに、太い声が響いた。特徴的な、間違えようのない、張りのある低い声だ。

「ゴールドフット?」

 太陽を背負い逆光の中にいるシルエットに、動きを止めたウインディが呼び掛ける。第一声からすでにキレているフットに、関わり合いになりたくねーな、と思いつつも元チームメイトである以上自分が引き受けるべきだろうとウインディは練習場の堤防に歩み寄った。

「テメエじゃねェよ!! やわらか人間を出しやがれ!!!!」

 互いに認め合ったライバルにここまでないがしろにされると腹が立つよりもなんか悲しくなるウインディだった。

 ゴールドフットの気迫に負けてワタワタとやわらか人間を呼びに行った──というか逃げ出した──リンキーたちを横目に、ウインディはキープしていたボールをフットに向かって蹴りつけた。それを反射的にカットするのはサッカーリーガーに染み付いた、もはや本能であろう。
 ウインディは「とりあえずこれでちょっとは気が逸れればいいなー」なんて思ったのだが、グラウンドに降りてきたフットはまたもやキレた。

「ふざけんじゃねえ!!!! やわらか人間だっつってんだろうがぁ!!!!!!」
「分かった、分かったから。いまリンキーたちが呼びに行った。ゴールドフット、なにをそんなに怒っている」

 冷静になれ、とがっつり肩を掴んだマグナムに、GZとリュウケン、ブルアーマーが並ぶ。
 力ずくでくるつもりなら、力で対抗する。その意図がモロ見えのメンバーが並んだことで、フットの勢いがわずかに萎えた。さすがにこのメンツに抑えられたらどうにもできない。

「アイツにッ、話があるんだよ!」
「悪いが今のお前に会わせるのは不安だと言わざるを得ない。用件は伝えるから、帰ってくれないか」
「ざっけんじゃねえ! 会わせろ! でなきゃ帰らねえぞ俺は!!!」

 マグナムの手を振り払ってギャンギャン吼えるフットに、もはやウインディでさえお手上げ状態である。サッカーリーガーは一度走り出したら試合が終わるまでは止まらないということを、ウインディは身を持ってよく知っている。そしてフットはとくに執念深い性格をしている。試合終了のホイッスルが鳴るまでは、たとえどんな戦況であろうとボールを追うことをやめない。粘りのあるプレイで、しつこくしつこくしつこくしつこく食らいついてくる。
 そんなゴールドフットなのだ。やわらか人間に会うまで、本当に、地面に張り付いてでも帰らないだろう。
 それは全員が予感していた。会わせるのは不安だが、フットを追い返すにはそれしか方法がないだろうということも。

「マグナムー!」

 と、やわらか人間を呼びに行ったリンキーたちが驚異的な速さで戻ってきた。時刻的に、グラウンドのほうへ様子見に来ようとしていた彼女を捕まえたらしい。

「どうしたの、フット?」

 小脇に抱えられてやって来たやわらか人間は、怒りの形相で仁王立ちするフットに驚いてはいたものの怯えてはいなかった。短くない付き合い、しかも濃い時間を共にしてきている。怒気を向けられるくらいでいまさら恐れはしない。

「どうしたのじゃねえ!!」

 彼女ののほほんとした態度に、フットが瞬間的に沸騰した。ズン、と彼の強靭な足が地面を踏み、警戒してやわらか人間の傍に立つメンバーが僅かに身構える。

「てめえ、なんでスワンに誘われてること俺たちに隠してやがった!!?」
「えっ? ⋯⋯ご、ごめん⋯⋯でもわたし、べつにチーム移る気ないし⋯⋯ていうか隠してた気もないんだけど⋯⋯」
「そういう問題じゃねえ!!!」

 じゃあどういう問題なのヨ、と思わず呟くトップジョイに、フットはギラリと一瞥をくれた。

「俺たちに言わなかったってのが気にいらねえんだよ!! お前は⋯⋯!!」

 奇妙に一瞬黙り込んだフットだったが、その一瞬の違和感を掻き消さんばかりに叫ぶ。

「お前は! ずっと俺たちと一緒にいただろうが!! なんで言わねえんだよ!! 俺たちはなんでも話し合って、一緒に乗り越えてきただろ!! それがいまさらなんでっ⋯⋯!!」

 感情が爆発して地団太を踏んでいるフットに、全員が呆気に取られた。サッカー馬鹿のマッハウインディに負けず劣らずボールだけを見つめるあのゴールドフットがここまで執着するとは、と誰も声をかけられない。
 とはいえ、これはもう子供がお気に入りの玩具を取り上げられてぐずっているのと同じだ。やわらか人間の動向を全て把握していたいというのはフットの我が儘だし、彼女をそこまで束縛する権利は誰にもない。

「⋯⋯とりあえず、わたしの部屋で落ち着いて話そっか?」

 機熱を上げるフットに、やわらか人間が落ち着き払って言った。




 フットがしつこい性格だということはやわらか人間も重々承知である。共に旅をした間、彼だけが何度も何度もシルバーキャッスルとの試合をぶつくさと掘り返していたくらいなのだ。最初は、自分の土俵で負けたこともあってよほど悔しかったのだなと思っていたが、いつまで経っても口にするので、単にそういう性格なのだと分かった。
 愚痴のような、自分を鼓舞する憎まれ口のようなことを叩きながら、最終的に、結局は負けてよかったのだという結論に帰結する。
 アームもマスクも聞き飽きたといった顔で喋らせるだけ喋らせるから、やわらか人間はそれをずっと聞いてきた。鬱陶しいと思わなかったことがないでもないが、フットのこの執念深さは勝負事において非常に重要なものだ。事実、これは如実に彼のプレイスタイルに現れている。

 しかし、それをいま発揮されても困るのだ。

「なんで隠してやがったんだよ」
「だから、スワンに行く気もないから、隠してるつもりもなかったの」
「俺たちに言わなかったってのがそもそも気にいらねえんだよ!」
「だってスワンに行く気ないから⋯⋯」
「俺たちはずっと一緒だった。いまさら信用がどーのこーの言わせるつもりはねえ。お前は結局、隠しておきたいって気持ちがあったんだろ」
「だぁーかぁーらぁー、行く気もないのにいちいち報告しなくてもいいでしょう? 行く気もないのに誘われてるって言ったらなんか自慢してるみたいでヤな感じだし」
「それで隠してたのか」
「だからそもそも隠してる気もなかったんだってば⋯⋯」

 いまいち進展しない会話を延々と繰り返し、やわらか人間はいよいよ頭を抱えた。フットがしつこいことは知っているが、さすがにここまで聞き分けが悪いと思わなかったのだ。
 まったく理論的ではない。直情的な者の多いサッカーリーガーではあるが、ここまでくるとそういう話でもない。何故そこまで自分に拘るのか、それすら疑問に思えてくる。

「もう、結局どうしたら納得してくれるの⋯⋯」

 投げやりとも取れる態度で呻いたやわらか人間の言葉に、フットは僅かに考え込んだ。

「⋯⋯お前が俺たちのとこに来たら、だ。
 結局、そうだ、俺はまずそこから納得しちゃいねえんだよ。なんでいまさらお前を手放さなきゃいけねえんだ。ずっと一緒だったのに。お前は性も銀城で、シルバーの家族なんだってこたあ分かってるが、俺たちにとってもお前はもう兄弟の一人なんだよ。俺も、マスクも、兄貴だって口にはしねえがそう思ってる。
 ⋯⋯けどよ⋯⋯。
 ⋯⋯俺たち兄弟は、結局また、シルバーに負けるんだな」

 深々と溜め息を吐いたフットに、やわらか人間は自分が悪いことをしているわけでもないのに罪悪感で一杯になった。理不尽さを感じつつも、逆に訊いてみる。

「じゃあ、わたしがプリンスかキングスに行けば、満足するの?」

 それでフットが心底不思議そうな顔をするものだから、なんであなたがそんな顔をするの、とやわらか人間はもはや疲れを覚えて項垂れてしまった。

「⋯⋯いや⋯⋯それも、たぶん違うな。だから⋯⋯俺たちんとこに来てくれりゃいいんだ。べつにダークに入れって言ってんじゃねえ」
「⋯⋯ちょっと、意味が分からないんだけど⋯⋯。それってつまり、生活の拠点をフットたちのとこに移せってこと?」
「⋯⋯そうだな。そういうことだ」
「⋯⋯わざわざフットたちの部屋からシルバーキャッスルに通うってコトよね」
「いいじゃねえか、べつに。生活費出せなんて言わねえし送迎もつける、欲しいモンがありゃ何だって買ってやる」

 何だって、というその言葉に偽りはないのだろう。なにせ彼はダークのスターリーガーなのだ、稼ぐ額は半端なものではない。
 しかし、そういう問題ではないということは、フットだって分かっているはずなのに。

「あのね、フット、わたしは臨時だったけどダークにいたしギロチオーナーとも面識はあるよ? でもいまはただの部外者で、しかも敵チームのメカニックなんだよ。ダークの宿舎に入れるわけないでしょう⋯⋯」
「そんなんオーナー説得すればいい話じゃねえか。なあ、やわらか人間、美味いもん食わせてやるし部屋だって上等なの用意してやるし絶対に不自由はさせねえって約束する。だから俺たちんとこ来てくれよ。ただ一緒に居て欲しいんだよ。なんでダメなんだよ。たったそれだけのことなのに、ただそれだけなのに、俺はそんなに我が儘か?」

 真剣に懇願され、やわらか人間は揺らいだ。
 いつも一緒だった存在と離れ、寂しかったのは何もフットだけではない。それでもやわらか人間のホームはシルバーキャッスルだったというだけの話だ。
 ギロチが一応のところ改心を見せた今、シルバーキャッスルとダーク財団にそれぞれ戻ったところでなにも今生の別れでもない。会いたいときには会える、話したいときには電話なり通信機なり、連絡手段もいくらだってある。
 なのに、それでは嫌だと言う。

「やわらか人間」

 乞うように呼ばれ、眩暈に似たものを覚えた。
 我が儘以外のなにものでもないのに、どうしてここまで揺さぶられるのか、自分で自分が分からない。

「⋯⋯⋯⋯少し、考えさせて」

 見詰めてくる真摯な瞳に返せたのは、その一言だけだった。




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