大雛期
ふいに歌が止む。
船首の手すりの傍に立つやわらか人間が、白い息を吐いてシスレーを見ていた。
「もう一度」
隣に立ったシスレーが言うので、彼女は歌った。
短くはないが長くもない節を三度繰り返すだけの子守唄を。
「お前の歌はやはり良い」
「ありがとう」
寒さからだけではないやわらか人間の頬の赤みを見て、シスレーは物憂げに目を細めた。
彼女を拾って早数年、未熟だった手脚はすらりと伸びて、ほぼ若鳥のそれになってきている。身なりに無頓着だったのに、最近では服や珍しい鉱石をやると喜ぶようになった。綺麗だと言えば、とても嬉しそうに笑う。
巣立ちのときが近いという確信がある。
やわらか人間の成長がすぐそこまで来ているというだけではない。日に日に手放したくないという気持ちが大きくなり始めている自分自身が危うかった。
これ以上傍に置けば、翼を毟り取ってでも閉じ込めようとする己がいることにシスレーは気付いている。
あの日、やわらか人間を捨て置くことが出来なかったのは、世界から必要とされなくなった己と同じだったからだった。捨てられたものを拾っただけで、だからやわらか人間は自分のものだとシスレーは思っているし、そのことについて誰に文句を言わせるつもりもない。だが、それが彼女の自由を奪っていい理由には決してなり得ないともシスレーは解っていた。
巣立ちさせねばならない。一日でも早く、彼女の自由のために。