その日、BP-115がとんでもなくくらーーーい表情でデッカールームに戻ってきた。
 滅多なことでは人前でそういった顔を見せないBP-115なので全員が思わず言葉を失ってしまい、異様な雰囲気に包まれる。

「⋯⋯BP-115⋯⋯?」

 空気の読めない⋯⋯いや、今回ばかりはあえて読まなかったカゲロウが、そっと声をかけた。
 『兄』という属性特有の強さを持つカゲロウですら、BP-115には弱いところがある。性能的にも段違いに強い隠密兄弟でも、いやそれどころかブレイブポリスのメンバーは、ボスの勇太も含めてなぜか彼女には頭が上がらない。勇太が言うには「なんとなく姉ちゃんに似てるから」らしいが、おそらくそれが理由なのだろう。
 精神的な力関係においてはトップに立つBP-115がしょげているこの事態はものすごく居心地が悪かった。家庭でたとえるなら「お母さんが落ち込んでいる」という不安にも焦りにも似た感情を否応なしに湧き上がらせる空気だ。

 BP-115はそんな仲間のことなど気付かないのか気にしていないのか、何も答えずに自分の席に戻りながら手にしていたディスクをブン投げた。それはディスク再生機の中へ正確に吸い込まれていく。BP-115はチラリともそちらへ視線をやっていないにも関わらず、だ。すごい怖い。

「⋯⋯これは⋯⋯」
「⋯⋯先日、撮影した動画か?」

 自動で再生され始めたディスクの内容に、デッカードとデュークが首を傾げた。
 なぜか深夜にデッカールームで撮影されたそれは、すでに加工も終わって完成したもののようで、エフェクトなどが追加されている。

「それ、どう思います?」

 デスクに両肘を着き、項垂れたBP-115がぽつりと言った。
 どう、って、言われても。

「わ、悪くは⋯⋯ないんじゃ、ない、かなあ?」
「まあ⋯⋯普通というか⋯⋯特別何か文句をつけるような出来ではないと思うが⋯⋯」

 引き攣った声で答えたデッカードに、デュークも頷いた。当たり障りのない、BP-115をなるべく刺激しない答えを二人は返したつもりだったのだが、大型地雷だった。

「へえ。普通ですか」

 さらにどんよりとBP-115の声が湿って、カゲロウが慌てて彼女を後ろから抱き締める。暴れる心配をしているのではなく、とりあえずこうすればBP-115は多少落ち着くと分かっているからだ。シャドウ丸も加わってべたべたと甘やかしてみるものの、BP-115の表情は晴れない。

「お前なあ、何が不満なんだよ!!」

 とうとう耐え切れなくなったパワージョーがキレた。完全に、母親が不安そうにしていると自分まで不安になる、そういう心理からの逆ギレである。

「⋯⋯色っぽいと思いませんか」
「は?」
「だから、その動画! 二人とも、すっっっごく色っぽいと思いませんか」

 必死な顔で言うには下らない内容に、ええ⋯⋯と困惑するしかない。
 確かに、歌詞やエフェクト、ダンスのモーションの相乗効果で多少官能的なものを感じさせる動画に思えるが、だからといってなぜBP-115が落ち込むのかパワージョーには分からない。

「なんだ、そんなことか⋯⋯」

 カゲロウが言った。原因が些細なことだったという安堵から、思わず漏れた本心だった。
 BP-115は兄二人を振り払って立ち上がり、シャドウ丸がカゲロウの失言に頭を抱えた。

「カゲロウにはそうでも、わたしには違うの! 大体、男性型のカゲロウにわたしの気持ちなんて分からないわよ!」
「落ち着け、BP-115」

 シャドウ丸に宥められたBP-115は表情を消した。

「女性型のわたしよりよっぽど色っぽいなんて、なんなの」

 表情どころか感情さえ消えた声だった。
 しかし、なんなのって言われても、としか答えられない。

「そうかなあ。ぼく、BP-115のほうが色っぽいと思うよ!」
「お世辞はいらないわ、ドリルボーイ」

 果敢にも子供の無邪気さを武器に立ち向かったドリルボーイは、一刀で切り伏せられた。
 普段は優しくて、度の過ぎた悪戯でなければ笑って許してくれるBP-115が。無条件で甘えさせてくれる、あのBP-115が。
 本心から言ったのに冷たくあしらわれたドリルボーイは完全に戦意喪失し、マクレーンの後ろに隠れた。

「我々にはよく分からないが⋯⋯どうすれば、君は満足してくれる?」

 ドリルボーイに特別甘いBP-115のその態度に、今度はマクレーンが援護射撃を行ってみる。が、

「べつに、どうもしなくていいです」

 これでは八方塞りである。
 つーんとソッポを向いて、しかし怒っているというよりはどうも悲しげな横顔に見える。
 その間に、原因である動画を再生し続けるのは上策ではないだろうと、デュークはこっそり再生機の停止ボタンを──

「ちょっと、見てるんですけど?」
「す、すまない」

 押そうとし、BP-115に見咎められた。デュークは慌てて伸ばした指を引っ込める。
 女性人格を持たないのでBP-115の気持ちがよく分からず、誰もかける言葉が見つからなくて、デッカールームは再生される動画の音声が垂れ流されるだけになった。そして誰からともなく、BP-115が戻ってくる前にしていた作業にそろりそろりと戻っていく。
 それからBP-115はぼんやりと画面を眺めていた。リピート再生になっていたせいで地獄のような時間が流れていく。

 動画が何巡したのか⋯⋯数えるのも放棄した頃、ようやくBP-115が動いて、デッカールームから出て行った。
 デュークが光の速さで停止ボタンに突撃し、全員が安堵の溜め息を吐く。

「っはぁ〜〜〜〜。マジでビビッた、なんだよあれすっげえ怖かったんだけど!?」
「まったくだ、超AIに悪すぎる」
「BP-115⋯⋯」
「まあBP-115もショックだったのだろう。⋯⋯よく分からないが」

 ビルドチームが口々に言い、

「しかし我々は総監に頼まれて踊っただけなんだがな⋯⋯」
「ああ⋯⋯それでキレられても困るよ⋯⋯」

 原因の二人が項垂れ、

「キレると怖いのはやはりBP-115が一番だな」
「だな。まあ気持ちは分からんでも⋯⋯いや、さっぱり分からねえけど」
「さっきのキレてるBP-115のほうがよっぽどSexyだったと思うがねェ」

 兄二人とガンマックスは暢気に感想を述べていた。

 そんな緊張感の途切れたデッカールームに、ふたたび嵐が舞い戻る。
 BP-115が無言で戻ってきたのだ。あまりに早い帰還に動揺しつつも、サッと居住まいを正す。慌てふためいて報告書を真っ二つに引き裂いているパワージョーなど全員無視である。
 BP-115は気まずげに部屋を見回して、その腕に抱えたジェリ缶を差し出した。

「あの──皆、ごめんなさい、空気を悪くして。これ、お詫びです⋯⋯」

 先ほどとはまるで違う、いつものBP-115の雰囲気に、ようやく全員の強張りが溶けた。

「おい〜〜⋯⋯。マジでビビッたからああいうのもうやめろよな!」
「ごめんなさい、なんか自分でもよく分からないけど、なんていうか⋯⋯なんなんでしょうね?」
「俺に聞くなよ⋯⋯」

 肩を落として答えるパワージョーに、ふふ、とBP-115が笑う。その様子を見て、ドリルボーイが恐る恐る近付いた。

「BP-115⋯⋯」
「ああ、ドリルボーイ、さっきはごめんね」
「もう、怒って、ない?」
「べつに、さっきも怒ってたわけじゃないのよ。自分でもなんて言っていいのか分からないんだけど⋯⋯でも、もういつものわたしだから、安心してね」
「よかったあ⋯⋯ぼく、BP-115がずっとあのままだったらどうしようって⋯⋯」
「そうなったらメモリーの初期化してもらうしかないかな〜」

 からからと笑って物騒な冗談を言っているが、本当に、もういつものBP-115らしい。さっきのは何だったんだと言いたくなるが、まあ蒸し返すこともないさと全員が軽口に笑ってやる。

「でもさでもさ、BP-115も色っぽいの踊ってみたらいいのに!」

 一頻りわいわい賑やかしていたら、いつもの調子を取り戻したドリルボーイが無邪気に提案した。

「あ〜それ俺も賛成」
「そうだな、二人より良い動画が撮れれば君も満足するんじゃないか?」

 パワージョーとマクレーンが同意した。ダンプソンは顔を赤くして書類に目を落としている。

「死んでもいやです」
「なんでだよ?」

 首を傾げるパワージョーに、BP-115は肩を竦めた。

「だってもし撮れなかったらそれこそ立ち直れませんもん。それに、わたしは広報担当、撮るほうです。そもそも需要もないですからね」
「需要ならここにあるぜ。少なくとも俺にな! ガバーッと股開くモーションの入ってるダンスとかねえのかよ?」
「警察官がそんな風紀を乱すダンス、頼まれてもするわけないでしょ」

 ガンマックスの言葉にBP-115は呆れた表情で返し、

「そんなダンス、BP-115が許しても私が許さない」

 そしてデュークが鋭く声を上げた。『ひとの恋人にナニをさせようとしているのか』という顔だ。
 今度はガンマックスが肩を竦めて、冗談だと返す番だった。














「でも、やっぱり、色っぽいって思いません?」

 夜になり、BP-115は自室に戻ってからも端末で延々と動画を再生していた。ずいぶんと気に入ったようで、せっかくの二人の時間だというのに画面の向こうの自分に夢中になっている彼女に、デュークは少しの不満を込めて答える。

「⋯⋯いや⋯⋯さっきも言ったが、やはり普通だと私は思う」
「え〜そうですか?」

 納得いかないといった様子で、しかしニコニコと動画を見ている。これでデッカード目当てにリピートしているなんて言われた日には自分を抑える自信がない⋯⋯とデュークは思った。そんな彼の胸中も知らず、BP-115がふと顔を上げる。

「そうそう、これ、レジーナにも送る予定ですから、きっと感想のお手紙が届くと思いますよ」
「いや、出来れば遠慮してほしいんだが⋯⋯」
「うふふ、だめです。勿体ないじゃないですか。こんなに格好良くて色っぽい、素敵な動画なのに」

 そう言ってもらえるのは嬉しいが、やはり気恥ずかしさが拭えない。デュークは曖昧に頷くだけに留めた。

「⋯⋯でも⋯⋯世に出すのはちょっと惜しいですね。またあなたのファンが増えそう」
「⋯⋯まさか、妬いているのか?」
「そういうわけではないですけど」

 広報活動中にファンレターを渡されると正直困るんですよね、とぶちぶち言っている横顔をじっと覗き込んでみる。自分が嫉妬するように、彼女もそうであってほしい。

「⋯⋯べつに、妬いてなんか、ないですからね?」

 言い訳がましく呟いて、BP-115はふいとそっぽを向いてしまう。込み上げる感情がくすぐったくて仕方がない。

「心配しなくても、私は君のものだ」
「だから、べつに、そういうことを言わせたいわけじゃないんですよ、わたしは。そうじゃなくて──」

 見開かれたオプティックと息を呑んだ気配に、デュークは喉の奥で笑った。
 やわく食んだ小さな唇が震える。たったそれだけで、ひどく急き立てられるのだ。泣いて、啼いて、喉が嗄れるほど乞いながら、縋ってほしくなる。そうさせたくて堪らなくなる、凶暴な衝動。

「私が欲しいと思うのは君だけだ。⋯⋯優しくできなくなるのもね⋯⋯」

 熱っぽく囁きながら端末の電源を落とし、両手で口を押さえて真っ赤になっているBP-115をひょいと抱え上げると、デュークは揚々とベッドに向かった。




うちのサイトまで夢見に来るようなディープな勇者ファンならたぶんタイトルの時点でバレバレだと思うけど、そういうわけで某MMD動画が元ネタのお話でした!!!
これは二次創作の二次創作?でいいのかな?あの動画、いや動画だけじゃなくてうp主さんをホントありがてえありがてえ⋯って拝んでる日々。もうね、ほんとね、素敵過ぎてね、萌えを抑えられなくて書いてしまったんDA⋯許して⋯。
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