愛の坩堝
アビスガードの事件以来、カゲロウは変わった。
すったもんだの末、奇跡的に死の淵から生還し正式にブレイブポリス配属となった兄弟機は、なんというか⋯⋯感情豊かというか、気持ちの表現がとてもストレートになった。
共に訓練を重ねていた頃は微笑を浮かべる程度だったのが、はっきりと笑みを見せるようになった。穏やかな口調は変わらないものの口数が多くなったし、頻繁に接触を求めるようになった。
そんなカゲロウの変化に、シャドウ丸は最初ちょっとついていけなくて困惑した。
話し掛ければ微笑を浮かべ、頬や肩に手をやってくる。愛しそうに撫で擦すり、良い子だなと褒める。
以前から、訓練の成果が良かったときなんかにそういうのを稀に仕掛けてきてはいたのだが、いまはもう頻度が桁違いだ。言葉を交わせばほぼ毎回と言っていいほどにそういう接触を求めてくるから、仲間の前ではやるなと突っぱねるのも面倒になって好きにさせている。死を垣間見た兄弟機の望みを無下にするのが躊躇われたというのもあるが、シャドウ丸自身、気恥ずかしさより嬉しさが勝っていたからだ。
そしてカゲロウは、そういう接触をBP-115にも同様に求めていた。
仲間たちの目には、おそらく自分たち兄妹のやり取りは微笑ましい光景に映っているのだろう。過剰なスキンシップも、死地から戻った喜びから来るものだと。
しかし実際は違うということを、シャドウ丸は最近ひしひしと感じていた。それは兄弟機ゆえのシンパシーとでも言おうか。カゲロウの目に、並々ならぬ感情が渦巻いているのが分かるのだ。
⋯⋯だから、シャドウ丸は今現在、別段驚くこともなくBP-115の肩を後ろから抱いていた。むしろ「やっぱりな」という納得の方が大きくて、カゲロウがやっとその気になったのだとすら思っていた。
「カっ、カ、カゲロウ?」
前に長兄、後ろに次兄という形で挟まれているBP-115はひどく狼狽えていたが、それも当たり前だ。『仲が良すぎる兄妹』という枠すら飛び越えた距離感で、カゲロウが微笑っているのだから。
カゲロウはBP-115の頬を撫で、肩を撫で、胸を撫で⋯⋯彼女の魂を掴むように、その胸の上で拳を握った。
「愛しているんだ、BP-115」
溢れる熱に色めくような声で、カゲロウが囁く。
「オレはお前を、シャドウ丸を、愛している。だからどちらもが欲しい」
「えっ。⋯⋯え?」
ポカンと目の前の兄を見上げるBP-115を後ろから覗き込んで、シャドウ丸も小さく笑った。
自分とカゲロウは同じ望みを持っているとシャドウ丸は薄々気付いていた──というか、確信していた。これは、先に事を起こしたのがカゲロウであったというだけの話だった。
BP-115はどうか知らないが、欲張りなこの腕には、どちらかだけでは駄目なのだ。
「俺たちはいつも三人一緒だった。それはこれからも変わらない。そうだろう?」
「えっ。そっ、それは、そう、だけど」
「俺もカゲロウも“二人”が欲しくてしょうがねえんだ。お前はどうだ?」
BP-115は俯いて少し考え込んで、それからカゲロウを見た。次にシャドウ丸を。
二人が今、決定的な一線を越えようとしていることはBP-115にも分かった。ロボットとは言え兄妹間でそれは禁忌なのではという躊躇と、ロボットなのだからそもそも関係ないのではという気持ちが天秤を揺らす。
「嫌か?」
「イヤじゃない」
問われ、即座に出た言葉が、結局は答えだった。
落ちてくるカゲロウの唇を、BP-115は拒むどころか迎合した。太股を撫でるシャドウ丸の指先も。
目の前の深緑の機体を抱き締めれば紫の腕が重なる。六つの腕はそうして絡んで、互いを抱き竦めた。“二人”を抱く兄たちに、BP-115も酩酊したように笑う。
真円の月に似て、これは欠けるもののない幸福。
「カゲロウ、シャドウ丸⋯⋯わたしも、愛してる」
密やかに笑い合い、互いの声も耳に間近に、三人は堕ちた。