「BP-115。今夜は、特別な訓練をしようと思う」
「特別な訓練?」

 日課となりつつある規定時間外の訓練の始まりに、カゲロウが言った。

「で、その特別な訓練ってのは?」

 兄弟機の提案に、シャドウ丸が腕を組んでふむと唸る。

「房中術だ」
「ぼ⋯⋯? え? ⋯⋯えっ???」
「くのいちの嗜みだ」
「ごめん意味わかんない」
「一言で言えば、性技で惑わせ危機を脱する。まあ女の奥の手というやつだな」
「正義?」
「性行為においての技術だ」
「⋯⋯えっと、うん⋯⋯」

 聞き間違いかと思ったが、カゲロウの表情がいたって真剣だったもんだからBP-115は頷くしかできなかった。

「お前は女性型で、しかも非力だ。万一のときに備えておくべきだと考える」
「手札は多いほうがいいとは思うがよォ⋯⋯性行為って、俺たちロボットだぞ」

 頭イカれちまったのか⋯⋯と真面目に心配するシャドウ丸に、カゲロウはあっけらかんと言った。

「冗談だ」
「お前の冗談は分かりにくいんだよ!!!」
「だが特別な訓練というのは嘘じゃない。ハッキングされたときの対処と脱出の訓練をする。お前にも必要な訓練だが、出力の低いBP-115にとってハッキングを受けながらの脱出は困難を極めるだろう。回数を重ね、とにかく慣れておくべきだ」
「ハッキングか⋯⋯まー確かに必要な訓練だな⋯⋯」
「では始めるぞ」
「う、うん⋯⋯」

 マジな顔で告げたカゲロウに、前半との落差についていけないBP-115は曖昧に頷いた。まったく、我が兄ながらよく分からない。ハッキングの対処訓練なのに、鎖鎌を手にするのも分からない。

「あの⋯⋯あの、カゲロウ、なんで縛るの?」

 その鎖鎌で後ろ手に縛り上げられながら、BP-115は首を捻って背後のカゲロウを窺った。仕上げにぐいと上に引かれ、肩が軋む。
 横から兄の手付きをしげしげと観察していたシャドウ丸は、容赦がないなと思いつつもその手際に感心しきりだ。まったく無駄がない。

「お前は動ける状態でハッキングを許すつもりなのか?」

 鎖の具合を確認しながらカゲロウが感情を見せない声で答えたので、BP-115は少し身を硬くした。カゲロウは普段は優しすぎるくらい優しいが、訓練のときは基本的に容赦がない。カゲロウの前で抵抗の出来ない状態に陥ることに、不意に恐怖が湧いてくる。

「そ、それは⋯⋯うん⋯⋯」
「拘束されるなり手足をもがれるなり状況は様々だろうが、ハッキングを受ける場合、動けない状態だと思って間違いない。脚を拘束されないだけ、むしろヌルい状態だろう。⋯⋯怖いか?」
「っ、だ⋯⋯だい、じょうぶ⋯⋯」
「そうか」

 カゲロウは淡々と頷き、今度は底冷えする声で言い放った。

「死にたくなければ本気で抵抗することだ。ここでオレから逃れられんようでは、ロールアウトしたところでどうせ死ぬ。他の誰かに嬲り殺されるよりはこのオレに一思いに殺されるほうがお前もマシだろう」

 BP-115の全身に、一気に震えが走った。本気の気配だった。
 思わず一歩、カゲロウから離れる。さらに距離を取ろうとして、足を掛けられた。

「いっ⋯⋯!」

 横倒しになった身体を、肩を押されてうつ伏せにされる。背中を踏みつける足はシャドウ丸のものだ。

「ショータイムってところか」
「シャドウ丸、機体を傷付ける必要はない」
「分かってる。そんなことしなくても“壊せる”からな」
「そういうことだ⋯⋯」

 高い場所から降りかかるその声は、恐怖という色をしていた。





「さすがにちィとやりすぎたな」

 半狂乱で散々暴れ回ったあとシャットダウンしたBP-115を抱え、シャドウ丸は少々居た堪れない気持ちで呟いた。
 二人掛かりで抑えつけ、ハッキングを施し、苦痛を与えるシグナルを流し込んだ。そりゃ半狂乱にもなろうというものだ。アクセスしていたから分かるが、BP-115は豹変した自分たちにも酷く怯えていた。見ていてさすがに可哀想だったが、シャドウ丸自身、BP-115を責める手を緩めることはなかった。カゲロウの言ったように、殺意のない自分たちからすら逃れられないようではロールアウトしたところで先は長くないのだ。

「カゲロウ、もうすぐ修復終わるぜ」
「そうか」

 三人分のジェリ缶を手にしてトレーニング・ルームに戻ってきたカゲロウは、シャドウ丸に抱えられたBP-115を見て、形容しがたい表情を見せた。喜んでいるような、悲しんでいるような、安堵しているような、残念がっているような⋯⋯。

「にしても、お前、ほんと容赦ねえな」

 ジェリ缶を受け取って口を付けつつ、シャドウ丸は言う。
 システム内部から“破壊”する手際は正確で淡々として、機械的だった。BP-115も本気で壊されると感じていたくらいだ。

「⋯⋯言っただろう。他の誰かに嬲り殺されるよりは、このオレに一思いに殺されるほうがマシだと」

 その口調のマジな気配に、シャドウ丸はぞっとした。BP-115に本気を出させるためのフリで、ただの演技だった自分と違い、カゲロウは本当にBP-115を“壊そうとしていた”のだ。
 異様な雰囲気の兄弟機に、シャドウ丸は言葉が出てこなかった。

「だが、駄目だな。本当に、本気だったんだが⋯⋯オレにはBP-115を手に掛けることはできん。後々BP-115が苦しむことになるかもしれないと分かっていても」

 労わるようにBP-115の頭を撫でながら、カゲロウが微笑った。
 それで、愛情に裏打ちされた容赦のなさなのだと、シャドウ丸は痛感した。

「心配するなって⋯⋯BP-115は俺が、護ってやるさ」

 カゲロウはシャドウ丸を見て、やはり口元に小さな笑みを浮かべた。

「そうだな。だが⋯⋯オレはお前のことも心配している。だから、二人で力を合わせて、頑張るんだぞ」













「⋯⋯なんてことがあったよな」

 しみじみ呟くのはシャドウ丸である。

「うん、でも⋯⋯あのときは怖かったけど、今はちゃんと分かってる。カゲロウはわたしを愛していたからこそ、壊そうとしたのよね」

 応えたのはBP-115だ。

「過去のことにするな。今でも愛しているし、この先も愛している」

 カゲロウが強く言えば、彼女は深々と溜め息を吐いた。

「愛してるなら二人掛かりはやめてほしいんだけど」
「無理だ」
「そりゃ無理な相談だなァ」

 二人でBP-115を抱え込み、カゲロウとシャドウ丸は悪びれなく笑った。




鎖鎌持ちだしやっぱ緊縛プレイ(違)させておくべきかなって思った
反省はしていない
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