「あの、デッカード、ちょっといいですか?」

 おずおずと声をかけてきたBP-115に、デッカードは書類を捲っていた手を止めて振り返った。少し緊張気味の彼女を見て、気さくに笑う。ブレイブポリスに配属されてまだ日が浅く、シャドウ丸の姿がないときはこんな感じだ。可愛いなあと思うし、自分が面倒を見てやらなければという気にもなる。

「どうした?」
「あの⋯⋯その書類が終わったらでいいんです。射撃場に行きませんか? 教えてほしいことがあって⋯⋯」
「え? ああ、それは構わないが⋯⋯」

 思いがけない提案に戸惑ったものの、べつに拒否するようなことでもない。快く頷くと、BP-115はほっとしたように微笑した。その笑みを見ると、デッカードは自分まで笑顔になってしまう。

「すぐに終わらせるから、ちょっと待っててくれ」

 素直にこくんと頷いたのを見てやっぱり「あぁ可愛いなあ」と思う。勇太に対する気持ちとは決して同じではないが、よく似ているものだ。甘やかしてやりたくなるというのか、撫で回して可愛がってやりたくなる。
 書類に不備がないか最終チェックをするだけだったのでさくっと終わらせ、場所を射撃場に移したあと、デッカードはまず射撃命中率を訊いてみた。

「99.01%です」
「⋯⋯私よりも高いんだな」

 まあそれは当たり前のことだった。デッカードは実動データ収集のためのいわば試作機でもある。後続機というのは改良されていくものであり、相対的にスペックで劣っていくのは致し方ないことなのだ。

「⋯⋯すまないが、射撃に関して、私は君の役に立てないと思うんだが⋯⋯」
「そんなことありません」
「いや、でも⋯⋯マクレーンに頼んだほうがいいんじゃないか?」
「でも、あの⋯⋯わたしは、あなたに⋯⋯教えてほしくて」

 鍔に手をやって俯いたBP-115は、気まずげにそう言った。デッカードは無意識に、ふ、と唇を綻ばせる。
 頼られるのは、必要としてもらえるのは、単純に嬉しい。

「そうか⋯⋯分かった。私でよければ」
「ありがとうございます」

 BP-115は安心したように笑って、そそくさとファイアリング・ラインに立った。拳銃を片手で構えるその姿に、デッカードは歩み寄る。

「待て、照準が下すぎる」
「いえ、この角度でいいんです。片手だとどうしても反動で上にブレるんです。⋯⋯わたしは力が弱いから」
「ああ、そうなのか⋯⋯」

 デッカードは後ろに立って、その華奢な背中に胸を合わせた。目線をなるべく近付けるため、彼女の肩に顎を乗せるように顔を寄せる。自然と後ろから抱くような格好になり、そこで弾かれたようにBP-115がパッと振り向いたものだから、デッカードは驚いた。急な動きにも、その顔の近さにも。
 至近距離でマジマジと見詰められ、ふと今の体勢がひどく気恥ずかしくなる。意識した途端、ばくばくと動力が忙しなく働き始めて苦しくなった。

「すっすまない、不躾に」

 慌てて一歩下がれば、

「いえ、大丈夫です。⋯⋯もう一回」
「え?」
「教えてくれるんでしょう?」
「あ、あっ、ああ⋯⋯うん⋯⋯」

 盛大にどもりながら、デッカードはふたたび、今度は緊張の面持ちで彼女の手に触れた。細くて小さくて、少し間違うと握り潰してしまいそうな──おそらく、やろうと思えば実際握り潰してしまえるだろう──その手を包み込むように、自分の手を添える。
 無骨な指先が彼女の装甲を傷付けはしないか、どうしてか怖くなる。自分と同じ素材、同じ強度で造られているはずなのに。その装甲はとても繊細で、まるで、そう、人間の肌のようにやわらかな、そんな錯覚を起こさせる。彼女という存在は、不可思議で奇妙な感覚をデッカードに齎した。

「ねえ、デッカード」

 BP-115がまた振り向いた。下手に動くと唇が触れてしまいそうなほど肉薄しているというのに、BP-115は動じていない。

 もしも、その肌に触れることを許してくれたなら──。

 甘い幻想が、デジャ・ヴュのように、ノイズ走って浮かび上がる。
 じっと窺い合って、先に動いたのはデッカードだった。

「──ん、⋯⋯ん!!?」

 触れた唇に、BP-115はけたたましい音をさせながら大げさに後ろに飛び退いた──飛び退こうとして、腰に回っていたデッカードの腕に阻まれた。思わず自身の口に手をやる。勘違いではないし、白昼夢でもない。

「すまない、つい」
「つ、っつ、ついって⋯⋯」

 今度はBP-115が盛大にどもる番だった。デッカードは悪びれもなく答え、さらにきつく抱き寄せてくる。さっき面白いほど狼狽えていた彼とは思えない様相だった。あんまり堂々としているものだから、なんだか、抵抗することでもないのかなぁなんて思ってしまう。

 ふたたびじっと窺い合い、次に動いたのはBP-115だった。

「ん⋯⋯」

 デッカードがしたように、BP-115も彼の唇に触れてみた。ただ、彼と違って、掠めて奪うような一瞬の早業だ。
 きつく絡んだ腕が、さらにぎゅうと抱き締めてくる。BP-115は銃をしまって、彼の腕に手を添えた。この胸にある、苦しくなるほどの熱の名前を、“そう”と呼んでいいのか分からないまま。

「⋯⋯BP-115⋯⋯」

 デッカードは華奢な肩口に鼻先をうずめ、深々と排気した。
 初めて彼女を見た瞬間、ようやく会えたと思った。そしていまは、やっと──やっと捕まえたと思った。
 奇跡の出会いが、あるいは運命と言えるのなら。まさしくこれこそがそうなのだと、デッカードは感じた。

「⋯⋯ようやく君に会えた」
「⋯⋯わたしも、ずっと、あなたに会いたいと思っていました」

 出会ったときと同じ言葉。だが、そこに宿る温度はまったく違った。
 自分たちはきっと、こうなるように造られた。そう信じて疑わないほど。

「⋯⋯⋯⋯好きだ」

 それがなんだか今更な言葉に思われるほどに。

「BP-115⋯⋯」

 初めて呼んだときから、舌に馴染んだ名前。彼女という存在を、ずっと昔から知っていたようにさえ思う。自分の奥深い場所に眠っていただけで。

「⋯⋯こういうのを、一目惚れっていうんでしょうか」

 感慨深く呟いたBP-115に、デッカードはしみじみと頷いた。

「そうだな──そうかもしれない。⋯⋯きっと、そうなんだろう」

 動力が唸るこの衝動は、きっと、恋という感情だった。



デッカードが仲間から愛されてる(デューク談)のはやっぱオリジナルだからってのもあるんではなかろうか?なので仮にBPに女性型がいたら即落ち2コマだと思うっていう話。
表紙 トップ