ガンマックスがブレイブポリスへ正式に異動して最初に驚いたのが、彼らが洗浄や注油といった自己メンテナンスをしているということだった。

 まあ洗浄はまだ分かる。
 ガンマックスも他者と関わるのが嫌になってからは自分でやっているから、それはいい。だが、注油まで自分でやるのが分からない。ワックスも注油も洗浄の延長と言われればそうなのだが、正直そこまで自分でする必要があるのかとも思う。自分たちの身体のことは、けっきょく人間の技術者に任せるのが一番だという意識があったし、だからこそ自分でやるという選択肢を思い付きもしなかった。それが普通で、そういうもんだと思っていた。

 指間接は自分でやりにくいから、と手を取り合う兄妹にそう言ったら、

「頼むよりは自分でやったほうが早いですからね」

 と返された。
 まあ確かにそうだ。いちいちメンテナンス・ルームに行って頼むより、そりゃ早いだろう。
 納得はできたが、唯一の女性型相手ならともかく、ヤロー同士で手を取り合うなんて想像するのもイヤだ。そもそもそんな温い触れ合いも、仲良しごっこもごめんだった。

 ごめんだった⋯⋯のだが。

(なんか軋むな⋯⋯)

 感触を確かめながら、手をグーパーと握ったり開いたり。
 そのたびに指からギッと擦れる音がして、ガンマックスは内心で唸った。
 ちょっと気になる。気にはなるが、明後日はメンテナンスがあるから、この程度のことでいまメンテナンス・ルームまで行くのも面倒くさい。
 しかしガンバイクのハンドルを握るガンマックスの手は、他の仲間より繊細かつ多くの動きを要求される。
 たかが一日、されど一日⋯⋯。どうすっかな、と考え、チラと隣のデスクを見た。
 なぜかシャドウ丸の武器を磨いているBP-115は、幸いなことにヤローではない。ついでにクルッと部屋を見回す。出払って誰もいない。ガンマックスはまあいいかと一人納得した。

「Hey, 油貸してくれねえか」

 つい先日「面倒なことするねえ⋯⋯」と言った手前どうかと思わないでもないが、彼女がそれを気にする性格はしていないだろうことは極々短い付き合いでも把握できていた。きっと誰に話すこともなく、この出来事は流れていく。彼女は聡く、空気の読める良い女だ。

「えっ? ⋯⋯ああ、いいですよ」

 急に話しかけられたBP-115は一拍詰まったが、すぐに手裏剣を置くと引き出しを開けて固形油の缶を取り出した。
 淀みなく蓋を開け、油を右手の指に取ると、左手を差し出してくる。手を寄越せ、ということだろう。

「⋯⋯貸してくれっつったんだが」
「えっ? ⋯⋯あ、ごめんなさい! つい⋯⋯!」

 無意識の流れだったらしいことに、どんだけ仲良しごっこしてんだか、とガンマックスは呆れた。指の油をどうするか迷いながらも缶をこちらに差し出すBP-115に少し考え⋯⋯なんかいろいろ面倒くさくなった。

「ん」
「⋯⋯えっと」

 彼女の隣へ椅子を引き摺り、手の甲を上にして突き出す。
 触れていいものか迷っているのか動かない彼女に、顎をしゃくって促した。

「⋯⋯痛かったりしたら、言ってくださいね」
「ああ」

 向き合う形に座り直したBP-115へ、ガンマックスは居丈高に頷く。

 支えるような、添えるような、微妙な感じで触れる彼女の左手を見て、そういえば人間以外に触れられたことはなかったな、と思った。
 デッカードに腕は掴まれたが、こういう優しいだけの接触なんてしたことがない。周りに自分と同じロボットがいなかったのだから当たり前ではあるが。

 間接を指先で撫でられ、ゆっくりと、互いの機熱で油が融けていく。
 その感覚は、人間の技術者に注油してもらうのとは少し違った。油膜で境が分からなくなる、くすぐったいような、もどかしいような、不思議な心地だった。

 これは、ハマる気持ちが少しだけ、分かる。⋯⋯かもしれない。

「⋯⋯まあ、悪かねえな」

 けれど素直に態度に出せなくて──出すつもりもなくて、ガンマックスはむっつりと言う。
 それでも、BP-115はホッとしたように唇で笑い、頷いた。

「そうでしょう?」

 不機嫌な口調を、その態度を、気にした様子はない。
 どんな我が儘でも無条件に受け止めてくれるような、そんな懐の深さを感じた。なぜか無性に苛立って、ガンマックスはこれ見よがしに舌打ちしたが、やはりBP-115は動じない。良い女だが、ムカつく女だと思った。

 この部署で長続きするどうか、ガンマックス自身にも分からない。少なくともオチビさんは悪い奴ではないと確信しているが、他人が腹のうちで何を考えているのかなどけっきょくのところ分かりはしないのだ。自分たちは成人の人格を持って造られ、真実を偽ることを知っている。目の前のこの女さえドス黒いモノを腹に抱えているかもしれない。それが怖い。
 どう強がったって、どう言い訳したって、傷付くのは嫌なのだ。苦しいのは嫌だ。辛いのは嫌だ。そんな思いをするくらいなら、後々自分が傷付くなら、相手に不快な思いをさせてでも先に遠ざければいい。

 それなのに⋯⋯油と共に、優しさが滲みる。

 マクレーンが一番の曲者そうだと思っていたが、なかなかどうしてこの女も厄介だ。無意識な分、こっちのほうがタチが悪いかもしれない。

 裏切りと誤解に傷付いて、独りでいいと突っぱねて、部署を追い出されて。他者との関わりは、最後には自分を打ちのめすのだと思い知ったはずなのに。

 ぐらつく自分の心に、ガンマックスは呆れ果てて溜め息を一つ、吐いた。




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