「緊急用の予備燃料は持ったかい?」
「ええ」
「装備の不備はないね?」
「はい」
「機体の状態も万全かな?」
「大丈夫です。いつでも行けます」
「任務内容の確認も出来てるかい?」
「大丈夫です。いつでも行けます」
「もし何かあったらすぐに救援を呼ぶんだぞ?」
「分かってますから、デッカード、わたし、もう行きますので離してください」
「そうだよ、デッカード。もう行かせてあげなよ⋯⋯」
「ま、待ってくれ、まだ⋯⋯」

 必死にBP-115を引き留めようとしているデッカードに、勇太は盛大に溜め息を吐いた。総監からの要請もあってBP-115に隠密としての単独任務を頼んだのだが、デッカールームから出て行こうとした彼女をもう十分以上こうして足止めしているのだ。
 最初は皆「もう行かせてやれ」と言っていたのだが、頑固に引き留めるデッカードにさすがに呆れ始めて、もはやいつまでやるのか見守るだけに留まっている。

「⋯⋯あのですね、デッカード? 一応もう一度言いますけどね? わたしはカゲロウとシャドウ丸と同じように隠密回路を持ってますし、別働隊としても活動できるよう造られてるんですよ? そりゃあ、あなたと同じパトカーなので隠密捜査にはちょっと向かないかもしれませんけど、今回の任務はわたしの実動データ収集のためにも必要なんですよ? 分かってますよね?」
「分かっているが心配なんだ。君は仲間の中で一番出力が低いし⋯⋯」
「その分、装備は二人より充実してますから、大丈夫です」
「そうなのか? 初耳だ」
「手札は隠せと教わったので」
「誰に?」
「二人に」
「⋯⋯そうか。⋯⋯とにかく、気をつけるんだぞ。何かあったら絶対に、すぐ、知らせるんだぞ?」
「分かりましたから、離してください」
「待ってくれ。あと⋯⋯」

 まさに堂々巡りというか、キリがない。

「デッカード」

 頭を抱えた勇太を不憫に思ったのか定かではないが、それまで他の仲間と同じく見守っていた──というか今まで一言も口を利かなかったカゲロウが唐突に声を上げた。皆の視線が集まる中でも彼は少しも動じず、水面に水滴が落ちるかのごとく静かに、幼い子供を宥める口調で言った。

「BP-115なら大丈夫だ。たとえ独りでも、救援が着くまでは持ち堪えられるようにとちゃんと仕込んだ」

 その言葉に、ピシッとデッカードの表情が凍って、今度はシャドウ丸が額に手をやる番だった。
 カゲロウはたまに他人の機微に疎いというか、空気が読めない節がある。共に過ごした時間が一番長く、そういう奴だから仕方ないと受け入れているシャドウ丸でさえ間が悪いときはキレそうになるくらいだ。空気読めよと言いたいが、そういう奴なので言っても無駄だし、カゲロウには悪気があるわけでもない。そして大抵、カゲロウの言葉は真実だ。

「⋯⋯万一ということだってあるだろう?」
「その万一がないように育てたつもりだが」

 その言葉にまたデッカードが凍って、シャドウ丸は項垂れた。
 デッカードが異常にBP-115を心配するのは、同シリーズかつコンセプト上の兄である彼よりも、他シリーズにも関わらず兄と慕われている自分たち二人に対する対抗心というか嫉妬というか、そういうのプラスその他諸々が綯い交ぜになっているのだろう。ようするに、単純に“兄”として“妹”を心配したくて、それで「大丈夫だよお兄ちゃん、わたし出来るもん」とかそんな兄妹間のベタなやり取りをしたいだけなのだ。
 だのにカゲロウが「仕込んだ」とか「育てた」とか言うもんだから、ああもうほら見ろよデッカードの旦那の顔がすごいことに。繊細な心の動きを忠実に表すフェイスパーツの優秀さにビックリだよ。
 んでもってやはり空気の読めないカゲロウである。

「とにかく、デッカード。心配しすぎだ」
「妹を心配して悪いのか?」
「それを言うなら、オレにとってもBP-115は妹だ。だが、心配もあるが、BP-115ならやれるとオレは信じている」
「私だって信じているさ」
「ならいい加減に手を離してやってくれないか」

 無自覚に火にガソリンをぶっかけていくカゲロウに、シャドウ丸は面倒なことになったと心底思った。

「いや、まだ言いたいことが」
「たとえば?」
「たとえば──そう、たとえば万が一何かあったら、すぐに救援を呼んで、必要ならジェイローダーも」
「わたしがジェイデッカーになるのは、あなたが合体不能になったときだけです!!!!」

 ジェイローダーも呼ぶんだよ? とデッカードが言い切る前に、BP-115がキレた。ぶっかけられたガソリンは当のデッカードではなく、あまりにも心配され過ぎて「役立たずって言いたいの?」と燻っていた彼女のほうを爆発させてしまったのだ。

「わたしは!! もう!! 行きますからね!!!!」

 BP-115は掴まれた腕を振り払って絶叫した。
 自分の合体はあくまで“デッカードの補欠”であり“BP-115の強化”ではない。つまりデッカードが健在である以上はジェイデッカーになる必要はない。なのに、それを常時、しかもこんな軽々しく求められることは“デッカードの補欠”として造られた自分の最大の存在理由があやふやになる。
 ある種アイデンティティーの根幹に触れる事態なのだから、彼女が激昂するのも無理はなかった。

「ちょっ、BP-115⋯⋯!!」

 デッカードを振り切ってBP-115は飛び出していき、残されたのは、ガックリと膝から崩れ落ちた兄と、なんとも微妙な表情の仲間たちだけ。

「違うんだBP-115、私はそういうつもりで言ったわけじゃあwせdrftgyふじこlp;@:」」

 意味不明な苦悶の叫びを上げたデッカードに、誰かが首を横に振ってポツリと言った。

「⋯⋯あきらメロン」




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