人間にとって梅雨は嫌な季節であるが、それは警視庁ロボット刑事課のブレイブポリスも変わらなかった。というか、むしろ彼らのほうが人よりも雨を嫌っていると言っていい。海中ですら活動を可能とする防水加工が施されているとはいっても、やはり機械のボディに湿気は致命的なのだ。
 装甲はべたつくし、間接が軋むような感覚がある。通常通りに動いているはずの内部機関も──これは完全に“気分”の問題だが──なんとなく調子が上がらない。
 そしてなにより、外に出るのが億劫になる。
 それでも巡回には行かなければならないので、渋々外に出て対向車に泥水シャワーなんてされた日にはもう言葉にならない。
 空を飛べる面子も雷雨の日には似たり寄ったりだ。有事の際はともかく『ブレイブポリス、パトロール中に雷に打たれ街中へ墜落!』なんて見出しの記事が出たら洒落にならない。安全を期して地上を走れば、車高の低い組は泥がこびりついた悲惨な姿で戻ってくる。

 マシなのは変形機構を持たないガンマックスだ。足は犠牲になるものの本人の身体がそこまで汚れるわけではない。それでも、古巣のハイウェイを走ることも多い彼は、結局膝上辺りまで汚して戻ってくる。ガンバイクの洗車も待っているわけだから、やはり多少マシという程度だ。

 逆に一番悲惨なのが、デッカードだった。
 彼には『土日が雨だと勇太に洗車してもらえない』という痛恨の追撃が控えている。シャワールームはあくまで“ブレイブポリスが使う”ように設計されているから、そこで洗車してもらうということもできない。汚れを落とすことはできるが、そんなもの慰めにもならなかった。週一の楽しみが潰れてモチベーションがズンドコのまま仕事をこなすリーダーなんてもう見てらんないと全員が顔を逸らす始末だ。

 そんな感じで、梅雨に対して思うところはあれど、嫌な季節だというのがブレイブポリス共通の認識だった。




「はぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 ボールを抱えてデスクに突っ伏すドリルボーイのなっっっがい溜め息と、秒針の音。金属のぶつかるカチャカチャいう音や、紙をめくる微かな音。

 デッカールームは今、ほぼ全員が揃っているにも関わらず、このうえなく静かだった。

「ねえ〜〜。誰かサッカーしようよぉ〜〜〜〜」

 部屋の中でンなことできるわけねえだろ! と、普段ならパワージョーが言うのだが、そのパワージョーは黙々とトンファーを磨いていた。
 いつもドリルボーイのおねだりを諌めるシャドウ丸さえこれまた黙々と報告書に向かっている。武器の手入れや報告書に集中し、相手はしませんよ、という意思表示を全員が無視という形で貫いていた。

「ねえ〜〜〜〜。ねえったら〜〜〜〜」

 ドリルボーイが席を立っても、ボールをバウンドさせ始めても、誰も何も言わず、視線すら向けない。
 こうなったドリルボーイは一度相手をすると長い。しかもこっちが折れるまで諦めない。絡まれると厄介なのは全員が承知している。

「せめて廊下でやれ、ドリルボーイ」

 それでも、面倒見の良さからか、チームリーダーとしての責任感からか、マクレーンが溜め息混じりに声をかけた。

「マクレーンが一緒にサッカーしてくれるなら外行くぅ〜」
「銃の手入れをしているのが見えないか?」
「じゃあ早く終わらせてよ〜」
「まだしばらくかかる。大人しくするか外に行け」
「マクレエエエエエエン」
「うるさい」
「マアークウーレーエーンンーーー」
「しつこい」

 とまあ、こういうやり取りになるわけである。無視されるのも当たり前だ。
 すでに二週間ほど勇太に洗車してもらえておらず、しかも今週末も雨の予報で余裕を失っているデッカードがイライラしてきていることを対面のデュークは気付いていたが、何も言わなかった。そんな彼は「デッカードに一発もらえばさすがに大人しくなるだろう」なんてことを無責任に考えている。

「マクレーンったら〜〜。ねえ〜〜ねえ〜〜」

 ついでにそろそろマクレーンもキレそうな頃合いである。全員が、『怒らせると怖い』二人の雷の予感に、聴覚センサーの感度を下げた瞬間だった。

「ただいま戻りま⋯⋯」
「あっ! BP-115ーっ!!」

 殺伐としたデッカールームに清涼剤が!

「どうしたの、ドリルボーイ?」
「サッカーしようよお!」
「うーん⋯⋯サッカーはちょっと⋯⋯。あ、注油でもしてあげようか?」

 これはドリルボーイのおねだりをかわすBP-115の常套手段である。しかし構ってもらえればなんでもいいドリルボーイはニコニコ頷いて、彼女の席の傍に椅子を引っ張ってきた。
 BP-115は自分のデスクに着いて引き出しから固形油の缶を出し、ドリルボーイと向かい合うと、差し出されたその手を取った。
 梅雨時期は普段より機体の洗浄回数が増えるので、どうしても注油作業が雑になる。そのまま放っておくと、よく動かす指の関節なんかはあっという間に磨耗してしまうから、BP-115は念入りに油を塗りこんでいった。

「ドリルボーイ⋯⋯注油、サボッたでしょう」
「そっそんなことないよぉ」

 油をまとった細い指先がするすると間接を撫でていく感触はくすぐったいが気持ち良くて、ドリルボーイはクスクス笑いながら首を横に振った。
 本当は、BP-115にしてほしいからサボりました、と言ってしまってもいいのだけれど。

「隠してもダーメ。分かるんだからね」

 BP-115も本気で怒っているわけではないので、ちょっと指先に力を込めて窘めるだけだった。

 まるで仲の良い姉と弟のような、そんな微笑ましい光景にも関わらず、デッカールームには新たな問題が発生していた。
 ドリルボーイの矛先が逸れたのはいいが、BP-115を独占されたことで不穏な空気が漂い始めたのだ。

 BP-115は洗浄や注油といった自己メンテナンス作業が上手い。指先が細いこともあるが、女性らしい細やかかつ丁寧な手付きは、ブレイブポリスの誰もが気に入っている。指間接の注油は自分ではやりにくいこともあって、こぞって甘えているくらいだ。
 しかし自己メンテナンスの回数が増えるこの季節、皆が皆甘えていたら、彼女の負担が半端ないことになる。全員が大人の分別をもって我慢している中、ドリルボーイだけが子供の我が儘で普段と同じように甘えている。羨ましいというか、もはや妬ましい。

 デッカードは洗車の件ですでに限界間近だし、カゲロウとシャドウ丸も妹に構ってもらえず暗雲を背負い始めているし、ビルドチームも雨のせいでここのところ縁深い人たちと会えていないストレスが溜まっているし、ガンマックスも今にも「ずりぃ」と言い出しそうな顔をしているし、デュークさえ目付きが鋭くなっている。
 つまるところ全員のボルテージが着実にMAXへ近付きつつあった。

「それにしてもさぁ〜。梅雨だっていうのに、BP-115はあんまり変わんないね。みーんな機嫌悪いのにさ!」

 それを知ってか知らずか、ドリルボーイが無邪気に言った。
 いま機嫌が悪いのはお前のせいだよ!!!! と全員の心が一致した瞬間であった。

「わたしはね⋯⋯雨の楽しみ方を知っているもの」
「楽しみって?」

 ぱっと顔を輝かせるドリルボーイに、BP-115はうふふと笑ってみせる。

「知りたい?」
「うん!!」
「じゃあ目を閉じて?」
「分かった!」

 雨の日を少しでも楽しく過ごせるのなら、と全員が手は止めないままさり気なく耳を傾けた。
 ガンマックスはバイザーに目元を隠されているのでこれ幸いと目を閉じてみる。それをシャドウ丸にばっちり見られていることは置いておくとして。

「いい? わたしの言うこと、しっかり思い浮かべてね」
「うん!」

 何を言うんだろうか?

 静まり返ったデッカールームに、一瞬の緊張。
 そして、BP-115の声がそっと落ちた。

「レインコートを着たボス」

 全員の肩が、一斉にピクッと揺れた。

「雨のひどいときしか見られない姿よ。とっても貴重でしょ?」
「あー! ああー! そっかあ、確かに!」
「いつ見られるかなって思ったら、雨も待ち遠しくならない?」

 確かにそうだ。ああ、まったくもって確かにそうだ。お前の発想は天才のソレだ。

 頷き合う仲間たちに、BP-115が微笑う。

「だからそんなに落ち込まないで。身体は洗えば済むことだもの。ちょっと面倒だけどネ」

 勇太馬鹿ここに極まれり。
 そんないつものブレイブポリスだった。




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