ありきたりな言葉だが、我慢の限界だった。

 ここのところ、BP-115は広報としての仕事が詰まっており、そして月末が近かったことでデッカードも書類の処理に追われていた。もともと人数の多い職場ではないから、ローテーションで回している仕事も関係して、同じ部署にいながら顔を合わせることが少ない最近だったわけである。
 その状況に、先に根を上げたのはデッカードだった。
 普段なら、職務中に恋人同士の睦言や接触は絶対に求めないデッカードだが、こうも禁欲的な日々が続くとやはり堪えた。しかし、BP-115の休みの前日に「今夜はボスの護衛代わってくれない?」とか言えるわけがない。いやもう正直いっそ言ってしまいたいが、あからさまというかバレバレというか露骨というか、翌日に「昨日はお楽しみでしたね」なんて視線を向けられるのが分かりきっているのだからやはり言えるわけがなかった。

 そんなこんなでデッカードは、デッカールームから人の出払ったタイミングで、普段の彼からは想像もできない強引さをもってBP-115を資料室へ連れ込んでいた。

「──BP-115」

 薄暗い部屋の奥で、腕の囲いに閉じ込めた身体へ唇を寄せる。サイズ以外は自分のものと同じヘッドパーツへ丁寧に口付けを落とすと、BP-115はわずかに身を捩った。脚の間に膝を割り込ませてさらに拘束を強めると、彼女は困ったように笑う。

「デッカード、どうしたんです」
「すまない、だがもう⋯⋯もう、私は、我慢の限界だ」
「駄目ですよ」

 敬語すら崩さないBP-115の余裕を奪いたくて、デッカードは深く口付けた。小さな驚愕の声が上がるも、すぐに飲まれていく。

「んん、っ⋯⋯」
「は、っ、BP-115⋯⋯っ」

 興奮しきった吐息が漏れた。歯止めの利かない熱が全身を巡り始め、デッカードはBP-115をきつく抱きすくめる。身体をすり寄せ、もう一度キスをしようとして、唇に細い指先が触れた。

「ダメだよ⋯⋯お兄ちゃん」

 ポカン、と。
 デッカードは間抜けな表情で動きを止めた。
 カゲロウとシャドウ丸を、プライベートでたまにそう呼んでいるのは聞いたことがあったが、自分がそう呼ばれたのは初めてだった。

「⋯⋯すこし、ひどくないか」

 乾いた声で、デッカードは言った。
 本当は“兄”だなんてほとんど思っていないくせに、こんなときだけそう呼ぶなんて。それでもそう呼ばれたら、止めざるを得ない何かがある。

「職務中にこんなとこに引っ張り込んで、ひどいことしようとしてるのはそっちでしょ。また今度、時間があるときにね。
 ねえ⋯⋯お兄ちゃん」

 笑う彼女が、ああ、もう、愛しくて憎い。




デッカード は なえてしまった… ▼
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