ラブ・イン・ザ・ボイス -Front-
近頃、BP-115がアドベンジャーのところに入り浸っている。
デュークはその理由になんとなく勘付いているものの、だからこそ面白くなかった。原因が男だからだ。
最近になって仲間になった、キャプテンシャーク。そして彼を目覚めさせた主であるイーター・イーザック。その二人に、BP-115は随分と興味を示していた。正確には、おそらくイーター・イーザックのほうに。
初めて顔を合わせて挨拶を交わしたとき、デューク自身も驚いたものだった。非常に似通った声質に、イーターも目をぱちくりとさせていたくらいだ。
人間は頭蓋の骨格が似ていると声も似るという。しかし、デュークはロボットだ。人間と同じように口舌と声帯の働きをする機関で声を出してはいるものの、人間のそれとはやはり違う。そもそも人間のイーターと骨格が似ているはずもないし、デュークの声は無数にあるボイスライブラリの中から選ばれたもので、いわば『造られた声』なのだ。
複雑化した電子音声であり一般ロボットとは一線を画すが、それでも造ろうと思えば同じものを造れる自分の声と、唯一無二の生身の声と。
どちらにBP-115が惹かれるかなど、火を見るより明らかだった。
空いた時間を持て余し、デュークは気晴らしに外の見える談話室へと足を運んだ。一人でデッカールーム出張所にいると、思考が鬱々として動力炉まで塞ぎ込むような心地になってしまう。
どんよりと暗い雰囲気で談話室へ入ったところで、さらに暗い気持ちになった。今は会いたくないと思っていた三人がいたからだ。いつもならアドベンジャーのところで話しているのに、今日に限ってこちらにいるとはツイてない。
「ああ、デューク。……どうしたんですか? 元気がないですね」
「いや、そんなことはないよ」
気遣わしげな表情で訊ねてくるBP-115に、デュークは力なく笑みを浮かべた。
自分の悩みは、どうしようもないことだと分かっている。分かっているから、BP-115に押し付ける気もない。
「そう、ですか?」
「ああ」
頷けば、答える気がないと察したのか、BP-115もそれ以上は突っ込んで聞いてはこなかった。
ここで立ち去ると余計に妙に思われるかもしれないと、デュークは彼らの会話に混ざることにした。聞けば、していたのはイーターの知る『とある人物の苦労話』らしい。
「その方、タクヤくんたちにこっぴどくやられてばかりだそうで……聞いているとちょっと可哀想になるくらいなんですよ」
「そうだろう、そうだろう!」
やたら力強く肯定するイーターに違和感を覚えつつも、デュークの心はやはり晴れない。彼のその声を聞くたびに、自分の中にある、見たくない知りたくない認めたくもないものを突きつけられる。嫉妬、羨望、そして……BP-115に対する理不尽な怒り。
「……──ク、デューク?」
いつの間にか己の内側に深く潜っていたデュークは、ハッとした。
気付けば、BP-115が顔を覗き込んでいる。
「あ、ああ、すまない。ボーっとしていた」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
BP-115のフェイスパーツが不安そうに僅かに歪み、しかし場の空気を持ち直そうとしたのか、彼女は悪戯っぽく口を開いた。
「デューク、あなた、もしかして……わたしがキャプテンたちとばかり話すから、妬いてます?」
「──、いや、そんなことは……」
確かにそれもあった。イーターにばかり構って、自分を放っておかないでほしかった。その通りだ、とぶちまけてしまいたいが、認めてしまえば何を言うか自分でも分からない。そのうえ、幼稚なプライドが邪魔をする。
ふふ、と笑って下から覗き込んでくるBP-115から、逃れるように顔を逸らした。少なからず分かっているなら追い詰めないでほしいと恨めしくさえ思う。
「BP-115よ」
「はい?」
デュークがまごついていると、イーターが難しい顔でBP-115に呼びかけた。彼女の視線が外れたのはいいが、反面、面白くないと感じるのだからどうしようもない。
「男をそうからかうものではないぞ」
デュークへの助け船に、しかしBP-115は笑うだけ。
「好きな子ほど苛めたい、そういうものでしょう?」
クスクスと肩を揺らしている彼女に、今度はキャプテンシャークが愉快気に溜め息を吐いた。
「お嬢ちゃんは男の怖さってのがまだ分かってないんだなァ……。どんな男でも、腹ん中に一匹くらいは獣を飼ってるモンだ。あんまりオイタが過ぎると噛み付かれちまうぜ?」
「まさか。デュークは優しい人ですよ」
「さて、どうだかねえ」
デュークの肩に肘を乗せ、その横顔を覗き込みながら、キャプテンはにいやりと口角を上げた。
品行方正で禁欲的なこの警察官は自分と真逆のタイプではあるが、どう理由をつけたところで、彼とて男なのだ。腹の中に獣を巣食わせ、そいつは今か今かと理性の首輪を外すチャンスを待っている。好いた女を甚振りたいと、爪と牙を研ぎながら、その鎖を噛んでいるのだ。
「わ、っわたしは、そんな……」
ほらな。
キャプテンシャークは、内心だけで頷いた。居た堪れないと言わんばかりにさっと顔を逸らしたのが証拠だろう、と。
「もう、あんまりデュークを苛めないでくださいよ、キャプテンシャーク」
「苛めてるのはお前さんだろ?」
「そうですよ。苛めていいのは、わたしだけです」
胸を張って答えたBP-115に陽気に笑い、キャプテンシャークは背筋を真っ直ぐに戻した。
無邪気で、無防備で、男の腹に潜むドス黒いモンを知らない生娘のからかいに、デュークは複雑な笑みを見せている。
不憫な奴だなあ、とキャプテンシャークは思った。
男を知らない女というのは、骨の髄までしゃぶり尽くしてやりたくなる。それが自分の女なら尚更だ。そういう凶暴な劣情を掻き立ててくるくせに、あまりにも無防備すぎて酷いことなんて出来やしない。自分がとんでもなく悪い男になった気にさせられて、けれど煽るお前が悪いのだと、なのにやっぱり罪悪感を抱えさせられ。自分の残酷さを棚に上げて、責め立ててやりたくなる、そんなジレンマ。
「しっかりしてるように見えて、お前さんもまだまだ子供ってことだなあ」
「そりゃあ、あなたから見たらそうでしょうね」
わたしは造られてまだ……とズレた反論をしてくるBP-115に、キャプテンシャークは呵々と笑った。