乙女の為に鐘は鳴る
融合する機体をミスったなぁ、とエースバロンは時折、心の底から思う。
戦闘面においても救助活動の面においても、自分が融合したのはこれ以上ない機体ということはもちろん理解しているのだが。むしろ、自分のポジションを考えればこれ以外はないくらいにハマった機体だろう。
しかしそれでもそう思ってしまうのは、薄暗い格納庫で何をするでもなく一人ぼんやりとしているのはやはり堪えるものがあるからだ。
天野博士は地下に来ないときはまったく来ないし、そうなると助手をやっているファイバードも来ないわけで。子どもたちも、自分たちの中ではファイバードに一番懐いているから、ファイバードが来なければやっぱり来ない。
あまりの退屈さに耐えかねてガードチームと通信してみたこともあるのだが、彼らは人間の生活を支える車両と融合している。日々“車”としての仕事に追われる彼らの邪魔をするのが心苦しくて結局、二、三回で止めてしまった。
ファイバードも好奇心旺盛なヤツだから、日々新しい発見に心を踊らせているのであろう彼の邪魔をするのはやっぱり気が引けて。
だから、エースバロンは今日もただ沈黙を守り、格納庫で微睡みに沈んでいた。
この生活にストレスが溜まらないわけではない。だが、出動なんてないほうがいいに決まっている。自分の退屈は世界の平和の証であり、だからこそ耐えられた。
うとうとしながらも己を慰めていたエースバロンは、不意に格納庫の扉が開いたことでカッと意識を明瞭に取り戻した。
誰かが来たらしい。
思わず、ビクリと体を揺らしていた。思いっきり気を抜いていて驚いたのもあるが、半分以上は喜びだ。なにせ、ここ三日、誰も地下に降りてこなかったのだから。
正直、自分の存在って忘れられてるのかなー、なんて思っていたのだから。
扉からの逆光に浮かび上がるシルエットだけで気持ちが浮き足立ってしまう。
「エースバロンー?」
間延びした声で名を呼びながら現れたのは、やわらか人間だった。
そわそわしている自分がなんとなく居心地悪い。バッチリ覚醒しているのに眠っているふりをしてしまったエースバロンは、喋るタイミングを失って焦る。
目の前に来て、彼女はちょっと首を傾げた。それから迷うようにあたりを見回すと、背中を向けてしまう。
「ああ⋯⋯やわらか人間、どうしたんだい?」
ちょっと気まずかったが、エースバロンは出来るだけ寝ぼけたふりをしてライトを明滅させた。
「あ、ごめんなさい⋯⋯もしかして、寝てた?」
「いや、大丈夫だよ」
微妙にかみ合っていない返事だが、やわらか人間がただ笑って頷いてくれたのでホッとする。
「ずーっとこんな薄暗い格納庫の中で、退屈でしょ? 話し相手でもできればと思って」
「嬉しいよ、ありがとう。実は、退屈すぎて参っていてね⋯⋯出動がないのは良いことなんだが」
「本当にごめんね、こんな場所に押し込めて。おじいちゃんの資金源さえちゃんとしてたら、こんな窮屈な思いさせずにすんだんだけど」
「構わないさ、今日は君が来てくれたから」
苦笑するやわらか人間はあやすようにやわらかく機体を叩いてくる。それが心地良く、エースバロンはまばたきに似た仕草で再びライトを明滅させた。
──不思議な手だと、思う。
海中から発進する自分は、出動後、ファイバードが機体をざっと洗い流してくれることが多い。天野博士の整備機械たちに任せないのは、彼の機械を信用していないからではなく、それがファイバードなりの労いだからだ。自分も疲れているだろうに本当に有り難く思う。
よく知るファイバードのその手。それは何の疑いもなく命を預ける、無条件に信頼する仲間の手だ。だというのに、彼女の手はファイバードのそれよりも心地良く感じた。
眠りを誘うように優しく、甘い。
「君は、不思議なひとだな」
「ん?」
首を傾ける彼女は、ファイバードがケンタやハルカの頭を撫でるように、ゆるゆると機体を撫でてくる。
ああ、とエースバロンは胸の内だけで感嘆した。
「君の手、とても好きだ。心が和むよ⋯⋯」
ずっと撫でていてほしいなぁ、なんて思っていたエースバロンは、ピタリと止まってしまったやわらか人間の手にちょっと不満を覚えて彼女に視線をやった。
「うん⋯⋯ありがと⋯⋯」
微妙な表情で、しかし何事もなかったようにやわらか人間が再び鋼鉄の体を撫でてくるから、今度はエースバロンが車体を傾ける番だった。
おかしなことを言っただろうか。
けれど突っ込んで訊くのもなんとなく躊躇われ、結局ただ黙って彼女の手に甘えていた。
「⋯⋯⋯⋯」
沈黙した機体を撫でながら、やわらか人間はそっと溜め息を吐く。
おそらく、彼には他意など全くなかったのだろうに。
手だけ? と、即座に思ってしまった反面、それだけで胸を踊らせる自分は。