肌を刺すような冷たい風。
手を暖めようと吐きかけた息は白い。
せめて風除けになればと…オプティマスはなまえをすくい上げると手で囲った。

「ありがとう、オプティマス」

「冬は嫌いか?」

「どうして?」

「寒くて辛いことだろう。可哀想に…」

周りにいた隊員達は警戒した。
過保護なオプティマスの事だ。
「嫌い」だなんて聞けば、彼女の為に地球の裏側まですっ飛んで行くかもしれない。

「ううん。冬は好きだよ。こうしてオプティマスが暖めてくれるから」

「…そうか。では君の好きな季節は何だろうか」

「うーん?」

「やはり春か?暖かくて過ごしやすい」

「そうだね、春は好きだよ。トラックの中でうたた寝しちゃうの、気持ち良くて」

オプティマスは思い出していた。
フロントガラスから差し込む暖かな春の陽気に微睡む彼女の姿を。
ウツラウツラと体を揺らす姿が愛らしく、メモリーにしっかりと保存したのは、なまえに内緒だ。

「夏も好きだなぁ。涼しい海に連れて行ってくれたの、嬉しかった」

なまえの肌を夏の強い日差しに晒すのは惜しかったのだ。
夜も遅い時間に連れ出したのもどうかと思ったが、いくらか和らいだ暑さは優しい。
満天の星空、セイバートロンの光は届いているかと見上げる彼女の瞳は星にも負けずに輝いて見えた。

「秋と言えば、オプティマスは芸術の秋だって言ってたね」

「覚えていたのか」

「勿論。でも、何で芸術の秋かは教えてくれなかった」

むう、と唇を尖らせるなまえに苦笑する。

「私は読書。オプティマスの中でゆっくり静かに過ごせる時間が好き。色んな秋があって、楽しいよね」

オートボット達はNESTの隊員をも巻き込んでスポーツの秋に興じていた。
悲鳴や笑い声を遠くBGMに、車内にはページを捲る控え目な音が。
その細い指先や文字を追う真剣な眼差しに、オプティマスは『美』を感じたのだ。

「…春になったら、今度は桜を見に行きたいね。日本の桜はとっても綺麗だよ」

「それはいい。その時はヘリを飛ばして貰おう」

軍事用のヘリを私用に使うんじゃない。
決して口には出さないが、レノックスの顔にはハッキリとそう書いてある。

「なあ、結局なまえはオプティマスが居れば何でもいいんじゃないか?」

一部始終聞いていて、どうしても耐えきれなくなったラチェットが話に割り込む。
ほんの少し考えて。

「…そうかも。私、オプティマスと一緒にいる季節が一番好き」

「そうか…」

そのオプティマスの一言には、隠しきれない、隠そうともしない喜びが滲み出ていた。

「やれやれ…時間を無駄にしたな、オプティマス」

「それは違う。なまえと過ごす時間に、無駄な時間なんてない」

彼女の頬が赤いのは、寒さのせいではないだろう。
勝手にしてくれと、ラチェットは肩を竦めた。

「そろそろ患者が来る時間だ。邪魔にならないよう移動してくれないか」

「ああ、それはいけない」

なまえを抱えてトランスフォームしたトラックは走り出した。
寒がりな彼女の為に、車内の暖房はフル稼働している事は想像に難くない。

「…なぁ、ラチェット。俺、なんか胸焼けがするんだ…」

「俺も…」

周りで話を聞いてしまったオートボットは勿論、人間もラチェットに診てもらおうと集まってくる。

「…私もだよ、全く」

持て余した熱を排気するぐらいしか、ラチェットには出来なかった。



彼女の温い熱はオプティマスの内に溜まり、きっと体の動きを止めてしまうだろう。
いつか、何者の攻撃にも耐えてきた鋼鉄の体も彼女の熱で溶けてしまうのかもしれない。
心は、とっくに溶けてしまったから。

「私が溶けてしまっても、君は受け止めてくれるだろうか」

「一滴残らずオプティマスを飲み干して、溺れちゃうから大丈夫」

永久の幸福は、融解した世界に。



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