「甘えてくれても、いいんですよ」

流石のオプティマスも、この言葉には面食らった。

「…そんな険しい顔で言われても、ね」

「えっ!?す、少し緊張して…」

あの破壊大帝に向かって『甘えてくれてもいい』だなんて、随分と大胆な発言であるとなまえも思った。
もしかしたら機嫌を損ねて殺されてしまうんじゃないかとも思ったが、案外そうでもないらしい。
不思議そうな目でなまえを見つめている。

「どういう心境の変化が?」

「私、オプティマスに甘えてばかりじゃないですか。貰ってばかりで何も返せない」

無理矢理に連れてこられた人間の言う台詞ではないが、自分が何の為に此処にいるのか、ふと考えたのだ。

「だからオプティマスに甘えてもらおうと思って」

「…いいよ。そうしようじゃないか」

ニコリ、笑って了承を得られた。
遠い昔に付き合っていた彼女ですら、こんな事はあったかどうかなど…思い出すだけ無駄というものか、オプティマスは考えるのを止めた。

「えっと、何かして欲しい事はありますか?」

「何でも…君が好きなように私を甘やかしてくれ」

「うーん…」

そのままずっと、私の事だけ考えていればいいのに。
ウンウンと唸りながら自分の事で悩む姿は見ていて好ましいと、口元を緩ませる。

まさに今、なまえの頭はオプティマスの事でいっぱいだった。
トランスフォーマーと人間では出来ることが限られている。
彼の為に何が出来るだろうか…

「お腹…空いてませんか?」



オプティマスの手の上で、甲斐甲斐しくエネルゴンキューブを口へと運ぶ。

「あーん…」

コロリと口に転がしたキューブを美味しそうに咀嚼して飲み込む。

「美味しいですか?」

「ああ、美味しいよ」

味はいつもと変わらないと思うのだが、ベタな質問にベタな回答。
気持ちの問題なのか…?
嬉しそうに口を開けて催促するオプティマスにキューブを差しだそうとした。

「ひっ!」

悪戯に顔を動かして、キューブと、差し出した手ごと口に含んでしまった。
機械の舌がなまえの手を舐め上げ、その感触に身震いする。
くすぐったい、このまま食べられてしまうかもしれない、心臓が早鐘を打つ。
チュウと吸われて、それは解放された。

「吃驚したかい?」

「丸飲みされるかと…私は食べられませんよ」

「食べたらなくなってしまうからね。そんな勿体ない事はしないさ」

どうしても物騒が混じる、ただ優しいだけにならないのは彼の個性なのだと諦めるしかない。
緩やかに弧を描いた口を、再びマスクが覆う。

「さて、ご馳走になった。少し休憩しよう。君も一緒にね」

「え?私はまだ…」

手の上から、肩の上に降ろされる。
オプティマスはゆったりと深く排気した。

「私を寝かしつけてくれるかな?なまえ」

破壊大帝とは思えぬおねだりに目を瞬かせたが、なまえはふにゃりと目尻を下げた。

「喜んで」

「そうだな、『子守歌』なんていうのを聞いてみたい」

決して難しい訳ではないのだが、他人に歌って聞かせる程上手くは無いし、恥ずかしい。
それでもオプティマスが頼んでくれたからと、なまえは息を吸い込んだ。

小さな頃母親にそうしてもらったように、穏やかな声で。
頭を撫でながら…
やがて輝く赤い光は徐々に暗くなり、ぼんやりとした淡い光に変わった。
スリープモードになったのだろう。

敵味方から恐れられるオプティマス・プライムが、こんなに無防備で良いものだろうか?
いや、何事かあればすぐ目覚めてしまうに違いない。
どうせ、こんなちっぽけな人間では彼を脅かす存在にはなれやしないのだ。
自分だからこそ、彼は今の姿を晒せる。
これは自分にしか見れない光景なのかと思ったら、どうしようもなく胸が締め付けられた。
どんなに恐ろしい存在だとしても、今だけは。
オプティマスが心から安らげる場所になっているなら、それで構わない。

「おやすみなさい」

普段はじっくりと見ることもない傷だらけの顔に唇を寄せ、目を閉じた。



表紙 トップ