暗い通路に、笑い声が一つ。

 幼体の無邪気さに溢れたそれは、壁や天井に反響して、遠くから近くから幾重にも響いて聞こえてくる。なかなか猟奇的だな、とラチェットは思った。思っただけで、とくに恐怖を抱くこともない。いつものことだからだ。
 彼はまるで気に留めず、自身のラボへの道を辿る。
 そのうち、足音がした。

「あ……ラチェット」
「やあ。なにか用かい?」
「な、んにも」

 首を横に振って、そろそろと逃げ腰になったなまえに、ラチェットはクスクス笑った。

「またオプティマスとかくれんぼかい」
「うん……あの……」
「分かってるよ。居場所をバラすなって言うんだろう?」

 必死に頷くなまえに、ラチェットはさらに笑みを深めた。
 あの男に脅しをかけられたら、オートボットの誰もがペロッと彼女の居場所を吐くだろう。それはラチェットも例外ではない。このかくれんぼは実質、基地内の全オートボット対なまえ一人という構図なのだ。

「悪いけど、約束は出来ないな」

 ふむ、と考え込む素振りで顎に手をやったラチェットに、なまえは顔色を変えて辺りを見回した。それからゆっくりと後ずさる。

「でも、実験にすこぉしだけ付き合ってくれたら、私も君にそれなりに協力させてもらうけど……どうだね?」

 首を傾げた麗人に、なまえはさらに後ずさった。
 彼の所業はよく知っているし、なによりもオプティマスから「彼の頼みは聞くな」と言いつけられている。至極楽しげににじり寄ってくるラチェットからパッと身を翻したなまえは次の瞬間、衝撃に身を竦めていた。

「見つけたぞ、なまえ……」

 興奮を隠しもしない声で、唐突にゲームセットが告げられた。
 音も気配もなく──ラチェットに気を取られて気付かなかっただけなのだろうが──現れたオプティマスに捕まり、なまえは翼を震わせる。爛々としたオプティックが暗い通路で紅蓮に燃えて彼女を見下ろしていた。

「また私の勝ちだな」

 喉の奥で愉快そうに笑い、オプティマスはゆうらりと顔を上げる。

「ラチェット。私をあまり怒らせるな」

 冷ややかな視線と銃口を向けられても、ラチェットは怯みもせずに肩を竦めてみせた。

「あの距離で彼女に気付かれていたら貴方でも捕まえるのは至難の業でしょう? 足止めさせていただいただけですよ」
「……では、そういうことにしておいてやろう……」

 焔が揺らめくかのごとく呟くと、オプティマスはなまえを抱え上げた。オプティックを潤ませる彼女は怯えているようにも見えるが……その中に期待が見え隠れしている。彼女にとっては不利極まりないこのゲームだが、楽しんでいるのは何もオプティマスだけではないということだ。

 場所も選ばず今すぐにでもコトをおっ始めそうな雰囲気のオプティマスに抱えられ、興味深い機体は今日もラチェットの前から去っていく。



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