しつけのすすめ
いつも通りに自身の肩にいるなまえと談笑していたとき、背後に怪しい気配を感じた。
オプティマスは振り向きざま、その鼻っ面をしたたかに殴りつける。予備動作なく振り抜かれた拳に、伸ばした舌先でなまえを撫でようとしていたグリムロックは電子の咆哮を上げてもんどり打って倒れた。
「何のつもりだ」
いつかのように太い首根っこを踏みつけたオプティマスが唸るように言った。すでにバトルマスクを展開し、剣まで抜いている。
「オプティマス、やめたげなよ」
「一歩間違えば食われるところだったのだぞ」
なまえの制止に、オプティマスは剣を地面に突き刺した。グリムロックの顔を掠めている。
「グリムロックはそんなことしないよ」
応えるように、ぎゅう、とグリムロックが鳴く。彼の代わりになまえに肩をタップされ、しぶしぶ開放してやると、グリムロックはよたよたと仲間の元へ戻っていった。
「君は甘すぎる」
「そんなことないよ。ダイナボットはわたしのこと食べたりしないもの」
「……どうだかな……」
丸まった巨大な背中を見送りながら返された声は地を這うように低い。
武器を収め、マスクも収納すると、オプティマスはなまえに改めて視線をやった。何でもないようにニコニコしている。まったく危機感がない。
「なまえ……」
「気をつけろ、でしょ?」
「その通りだ」
ここ最近のいつものやり取りである。
ケイドとオートボットたちはそれを少し離れたところで眺めていた。
高純度のエネルギーを補給できる彼女の争奪戦は、今のところオプティマスが全勝しているし、おそらくこれから先も覆らないだろう。ダイナボットで最も力のあるグリムロックでさえ恐る恐るといった風に彼女に近付くのだから、オプティマスの苛烈さは相当なものだ。叩きのめす音だけでも分かるほどに。
なまえのこととなると、オプティマスはまるで抑えが利かない。目の前で目覚めたときからそうだったから、いまさらケイドにも驚きはないが。
ないが、もう少し手加減してやってもいいのではないかと思わないでもなかった。ガチギレしてマジ殴りしてくるオプティマスから、哀れっぽい鳴き声を上げて逃げ出すダイナボットは虐げられる動物を思わせて居た堪れないのである。しかしほかのオートボットと違って原始的な彼らだから、オプティマスの懸念も分からないでもない。
「にしても、アイツら懲りねぇな」
「まあ仕方ねえわな」
クロスヘアーズが呆れたように言い、ハウンドも似たような口調で返す。
その隣で肩を揺らしているバンブルビーを一瞥してから、ドリフトがしげしげと呟いた。
「しかし、あれだけ叩きのめされても近付くのを止めないあたりは賞賛に値する」
「まあなぁ」
「優しく言い聞かせるだけで手ェ出さないからってのもあるんだろうが、それにしたってなまえによく懐いてやがるよな」
「オプティマスの言うこと聞かないときでも、なまえの言うことだけは聞きやがるからな、あいつら」
頭上で交されるそんな言葉に、ケイドは緩慢にまばたきした。
「そりゃそうだ。簡単なことだろ」
降ってくる疑問に満ちた四対の視線に、肩を竦めてみせる。
「全然分かってねえなあ。いいか、自然界の群れでボスになれるのは、どんなヤツだと思う」
謎かけめいたことを言うケイドに、彼らは顔を見合わせ、それからダイナボットを見た。
「身体の大きいヤツか? 力の強いヤツか? 色の派手なヤツか? 頭の良いヤツか? どれも違う。
いいか、ボスになれるヤツってのはな、突き詰めれば、群れに必要なだけの食糧を供給できるヤツだ。頭の良さとか力の強さとかはそれを可能にする要因の一つにすぎん。だからアイツラは自分たちよりずっと小さくてずっと弱いなまえでもボスと決めた。で、サブリーダーは元リーダーのグリムロックをしばき倒したオプティマスってわけだ。な、簡単だろ?」
まさに力こそパゥワー、力こそ正義、本能に忠実だからこその序列というわけだ。
「なるほどなあ」
ハウンドは、銜えた弾薬をからから鳴らしながら頷いた。
そのとき、遠巻きになまえを眺めているダイナボットをしつこく感じたらしいオプティマスが振り向いて立ち上がり、拳を握った。ダイナボットは尻込みして数歩下がり、しかし果敢にも引くことはしなかった。
なまえがオプティマスの足を叩いて諌め、スタスタとダイナボットに向かって歩いていく。オプティマスもあからさまに嫌々といった体でその後ろに着いていき、グリムロックの前まで行くと、そのままなまえの後ろに控えた。さり気なく肩を引いている。不審な動きがあればすぐさま殴るなり抜刀するなり出来る体勢だ。
グリムロックが伏せるようにしてなまえの前に顔を下げた。完全に服従のポーズである。
「な?」
なまえに鼻先を撫でられて目を細めているグリムロックを親指で指し、ケイドは小首を傾げる。
いっせいに群がってきたダイナボットに口先で服を引っ張られているが、なまえを傷付けないよう注意を払っているのは傍目にも分かった。見た感じは完全にエサをせがむ子犬である。
「……食われるんじゃねーのかアレ……」
しかし、巨大な顔に埋もれる彼女を見て、今度はクロスヘアーズが呟いた。オプティマスもそう感じたのだろう。
総司令官の怒りの咆哮と共に、まとめて吹き飛んでいくダイナボッツたちを眺めながら、オートボットはしみじみと平和を感じた。