伝説の戦士、ビッグコンボイにも休息は必要だ。たとえそれがほんの僅かな時間だったとしても。
 鬼の居ぬ間にとは言ったもので、ビッグコンボイがメディカルルームや自室に引き上げて休んでいるとき、ブレイクとコラーダはしょっちゅうブリッジにゲーム機を持ち込んでいた。コソコソと持ち込んでは船内一の大きさのメインモニターで、大画面の迫力にキャッキャとハシャいでいたわけである。
 その日も、ビッグコンボイが自室へ向かったと同時、二人は当番のスタンピーとハインラッドを押し退けてメインモニターを占領していた。サブモニターのほうで探索システムの監視はしているので、二人を止められなかったスタンピーとハインラッドは溜め息を吐きつつも一緒にメインモニターを眺めていた。反応を見せない探索システムより魅力的なのは確かなのだ。

 気配もなく、ゆうらりと現れた影に気付いたのは、はたしてどちらが先だったか。
 悲鳴を上げかけたスタンピーの口を、密やかに姿を見せたなまえが素早く塞いだ。しぃ、と人差し指を立ててニヤリと笑う。
 驚き半分面白さ半分で口を噤んだ二人を確認した彼女は、足音さえもなく、ゲームに夢中になっているブレイクとコラーダに近付く。彼女は二体のキャラが乱舞するモニターをしばし眺め……それから声をかけた。

「面白そうなことしてるじゃないか」

 ピシッと固まった二人は、次いでギクシャクと振り向いた。凶悪な笑みを浮かべて、腕を組んで立っている……

「フ、フクキョーカンドノ……」
「いや、これはッスね、あの……」

 えへへ、なんて可愛らしく笑ってみせるブレイクだが、なまえの笑みはますます深くなる。

「ビッグコンボイに知れたら腕立てじゃすまないだろうなあ」

 不穏な言葉に、二人は引き攣った悲鳴を上げた。このことがビッグコンボイに知れたら確かに腕立てなんかではすまないだろう。キツいメニューですめば儲けもんで、運が悪ければ「訓練の相手にでもなってもらおうか」くらいは言われそうだ。
 二人が挙動不審に言い訳を考えていたら、なまえがモニターを指差した。

「どっちか一人でもわたしに勝てたら黙っててやるよ」

 邪気もなくニパッと笑うもんだから、全員が呆気に取られてしまった。しかし、すぐにこれ幸いとコラーダが食いつく。

「なんだ、たまには話が分かるじゃん」
「たまにはとはなんだよ」
「じょーだん! 冗談だって、な?」

 ぷぅと頬を膨らませた上官を、ブレイクは慌てて宥めた。機嫌を損ねられてこのチャンスがふいになったら笑えない。

「で、どっちが先に相手してくれるの?」

 相変わらず挑発が通用しないというか、マイペースというか……フォローの言葉を聞いていたのかも分からないような顔で、なまえは首を傾げた。

「じゃあ、オレ。やろうぜ」

 コラーダが挙手したので、ブレイクは席を空けた。
 相手に合わせて戦い方を変えるのはブレイクのほうが上手く、コラーダはなまえの力量と戦略を見るための先鋒役というわけだ。阿吽の呼吸で示し合わせた二人は、ちらりとなまえを盗み見た。
 コントローラーと画面を交互に見ながら技とコマンドを確認しているような相手に、まず間違っても負けはないだろう……。

 と、舐めきっていたのが十分前だった。

「もう一回! もう一回だけ!」
「だめー。潔く負けを認めろよな」

 縋りつくブレイクをあしらうなまえは非常にご機嫌である。
 なまえは二人を相手に一本も取らせなかった。それどころか、後攻のブレイクでさえ体力ゲージを半分減らすのがやっとだったのだ。

「ていうか! ずるい! やったことあるならあるって言えよ!」
「何言ってんだ。そっちは二人、しかもちゃんとブレイクを後攻にして戦略練ってたじゃん。あとわたし、前のシリーズはやってたけどコレ初めてだからね」

 すでにCPU相手に次のラウンドを始めているなまえは、二人をすげなくあしらいつつもコンボを伸ばしている。

 気配もなく、ゆうらりと背後に現れた大きな影に気付いたのは、はたしてスタンピーだった。
 ヒィッと悲鳴を上げて、ついでに飛び上がって、大袈裟に後ずさる。他の三人も大体同じ反応だった。ブレイクはモニターの前で手をぶんぶん振りながら、

「や、いや、これはッスね、あの……!!」

 引き攣った笑顔で誤魔化そうとするが、無理がありすぎである。
 コラーダは知らん顔でそっぽを向いていたものの、当番でもないのに此処にいるのがなによりの証拠だということに気付いていない。

「……面白そうなことをしているじゃないか……」

 それさっきも聞いた。
 聞いたが、今度の相手はなまえのように甘くない。地獄の底から響いてくるような声に、ブレイクはもう冷却水が止まらない。

「誰が持ち込んだ?」
「は〜い」

 ビッグコンボイの問いに、驚いたことになまえがあっさり挙手した。えっと思って生徒たちは彼女を見た。相変わらず、なにを考えているのか分からない笑顔である。

 ビッグコンボイは無表情で彼女を見下ろしたあと、かなり長いこと黙っていた。
 だって、今しがた後にしてきた自室のモニターに、同じゲーム機が繋がれているのだ。もちろんなまえのものである。
 生徒を庇うつもりか、他になにか思惑があるのか。色々と考えたが、ビッグコンボイはけっきょく彼女の意思を酌んでやった。

「…………来い」

 ゲーム機を回収し、ビッグコンボイは低く言った。ブリッジから出て行くその背中に、なまえが大人しく続く。出て行くとき、振り返って、ウィンクしてみせる余裕っぷりだった。まったく恐ろしい女である。

「助かったぁああ〜〜〜〜」

 ブレイクはいまだ上げていた両腕を下ろし、どっと安堵の溜め息を吐いた。確実に寿命が縮まった気がする。

「……そうかあ?」

 反してコラーダはがっくりと肩を落とした。確かにひとまずは助かったのだろう。だが……。

「こりゃデケェ貸しになりそうだぜ……」
「自業自得なんだな〜」

 ハインラッドの言葉に、ヴッと言葉に詰まる。まったくもってその通りなので反論のしようもない。

「まあでもとりあえず怒られなかったし。あとはゲーム返してもらえればそれでいーや」

 ブレイクがあっけらかんと言い、スタンピーがやれやれと首を横に振った。

「懲りてませんね、ブレイク」
「や、反省はしてるって」

 あははと暢気に笑いながら、ブレイクは応えた。





 自室に引き上げたビッグコンボイは、まずモニター台を確認した。なまえがあまりに堂々と挙手したので、自分の思い違いかもしれないと少々不安になったのだ。が、やっぱりゲーム機はそこにある。となるとなまえは気まぐれで生徒たちを庇ったのだろう。
 手の中の物をテーブルに置きながら、ビッグコンボイは振り返った。

「あまりアイツ等を甘やかすな」
「なに、妬いちゃった?」

 一気に鋭くなった目付きに、なまえはへらと笑った。からかうとすぐ怒るのは図星だからなのか。

「ん〜……でも、べつに……どっちかっていうとさぁ……」

 歯切れ悪く言いながら、彼女は腕を伸ばしてビッグコンボイの首の後ろに両手をやると指を組んだ。背を逸らせて身体を揺らし、子どものような仕草。

「きょーかんドノは、不出来な部下を仕置いちゃったりする?」

 甘やかされたのは生徒ではなく自分だったということに気付き、ビッグコンボイは喉の奥で笑った。あるいは彼女自身が甘えたかっただけか。まあどちらでも構わない。

「そうだな……艦内中の掃除でもしてもらうか」
「あーっそ」

 わざとはぐらかせば、むくれてそっぽを向いたなまえに、ビッグコンボイは今度こそ笑った。細い機体をぽいとベッドに投げ捨てる。

「お望み通りの仕置きがいいなら、そうしてやってもいいが」
「したいのはお前だろ?」
「まあな」

 素直に同意すれば、膨れていた頬から不機嫌が抜ける。
 圧し掛かってきた巨躯に、なまえも素直に甘えて全身を絡めていった。



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