転入編11




「そういうわけで、苗字さん、どうかな?」

「どうかなと言われても……」


何がそういうわけかと言うと、来週末の三連休に軽井沢にある合宿所で合同合宿をするというのがミーティング内容で、臨時マネージャーを頼めないかと言うわけだった。

立海は文武両道を掲げた学校のせいか部活動への加入は必須になっている、というのは転入の手引きで読んだ。正直あまり気乗りしないし同好会でもいいらしいので、適当な文化系で悩んでいたところだ。だからその三連休も暇っちゃ暇なんだが。


「苗字が断る確率は50%だ」

「1/2ですか……柳君にしては珍しいですね」

「いかんせんデータが少ない」

「お二人共同じクラスの筈では?」

「柳、100%だよ」


データマンの癖に50%とは笑えるな。柳生も不思議そうにしている。100%に訂正すれば柳は眉間に深い皺を作った。
というか他の人たちも否定的な意見を言えばいいのに、とミーティングルームをグルリと見渡すが誰一人として不服そうな人間がいない。なぜだ。


「ポッと出の転入生にそんなこと任せちゃダメでしょう」

「じゃあ文句あるやついる?いないね」

「いやいやその有無を言わせぬオーラやめない?」


立海テニス部は絶対君主制である。
これは別の理由を作るしかなさそう。


「そもそも私、お世話するよりされたいタイプなの」

「なら俺が個人的にお世話してあげるよ」

「部長だけズルいっス!苗字先輩!俺がやります!」

「赤也は無理じゃな」

「俺弟二人いるから世話すんのは慣れてるぜぃ」

「もう意味がわからない」


収拾がつかない。
また別の理由を考える。


「私テニス詳しくない」

「テニスの知識が無くてもマネージャーはできるよ」

「じゃあ私マネージャーやったことない」

「それなら柳がきっちり教えてくれるよ」

「幸村やめんか、嫌がっている女子(おなご)に無理を強いるな」


真田がフォローを入れてくれたが幸村に黙っててと言われてズンと落ち込みそれ以降黙ってしまう。しかし幸村がここまで押しの強い人だとは思わなんだ。


「苗字さん、諦めんしゃい」

「こうなった幸村はもう止められない」


仁王と桑原は諦めムードで私を慰める。
暇ではあるがやりたくないのだ。正直に言えばもうこれ以上テニス部の関わりを作りたくないのだ。合同合宿なんて嫌すぎる。いくら素知らぬフリをしていたとしてもいつか必ず綻びが生じる。私は生きている彼らに誠意をもって接したいのだ。
そんなことを言える訳もなく。


「嫌だよ私働きたくない」


ニート宣言かよぃ、と丸井が茶化す。
こんなに断り続けても尚、皆んなは私に諦めろという顔をする。その表情は私ではなく是非とも幸村に向けてもらいたいものだ。


「ねえ、苗字さんが嫌がることって何?」

「藪から棒だね」

「柳」

「俺たちとの噂、はどうだろうか」

「――は?」


幸村は私ではなく柳に聞く。そして柳が不明瞭な事を言う。噂とはなんだろう、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
しかしどうやら幸村にはその意図が伝わったようで、今まで見たことのない気味の悪い笑みを浮かべて私を見た。瞬間、ゾワリと背筋が凍る。


「この話必ず受けてもらうから。苗字さん、覚悟してね」

「すまない。これも部の為だ」


それはそれは恐ろしい事を言う幸村と、大してすまなくなさそうな柳、本格的な嫌な予感に目眩がした。



▼▲▼





耳に馴染んだ入店音を聞きながらコンビニへ入る。
あの恐ろしいミーティングの後ドッと疲れが襲い放心していたら、丸井が一緒に帰ろうと声を掛けてきたので二つ返事で了承した。もちろん当然のように桑原と切原もついてくる。


「丸井先輩今日こそ奢ってもらいますよ!」

「おーおー奢ってやんよ、ジャッカルが」

「俺かよ!」


いつかも聞いたような会話に思わずふふと笑みを零せば三人とも顔を見合わせ少しだけ驚いた後笑った。そして私は気付いた、今すごく青春していると。

丸井はチョコレートやら飴やらをポイポイとカゴに突っ込んでいて、切原はバレないように丸井のカゴにクッキーを忍ばせる。それを見た桑原があとで知らねえからな、なんて笑いながら見てる。そんな青春の一コマを間近で見せつけられて頬が緩む。

それぞれ会計を済ませ、私はアイスとジュースを買ってあの時の駐車場へやって来た。駐車場にたむろしたら店員さんは困るのかなと心配になるが、今回だけは許してほしい。この甘酸っぱい青春をもう少し味わいたいのだ。次はちゃんと公園まで行こう。


「あー名前はアイスか、いいなー」

「え?うん」


急に名前で呼ばれたものだから驚いて声がほんの少しだけ上擦るが、柳や仁王のように鋭くない彼らにはどうやら気付かれていないらしい。


「丸井先輩に先越された!名前先輩!」

「好きに呼んでくれていいよ」

「逆に俺は名前にしてくんね?桑原なんて普段呼ばれないからなんかむず痒くてよ」

「オッケージャッカル」


オッケーグーグル風にそう言うとジャッカルだけずりぃ!とか名前先輩俺も名前がいい!なんて不満の声が飛んでくる。幸村の時も思ったけどなんだ、今どきの男子高校生は可愛すぎやしないだろうか。
そして名前で呼ぶとか呼ばないとかで盛り上がれるのもまた青春だな、と思うのだ。

アイスを食べ終えジュースも半分ほど飲んだところで、そろそろお開きかなと立ち上がるとまた丸井に呼び止められた。


「逃げないよ。なに?」

「先に言うんじゃねーよぃ。ん!」


彼は逃げられるのが嫌なようだから先にアピールすれば少し不服そうな顔をした後スマートフォンをズイ、と私の面前に突き出した。ん、と言われても意図がわからず首を傾げるとLINE!と返されああ、と理解した。
素直にLINE交換しようと言えない男子高校生、これは流行る。今まさに私の中で大流行を迎えている。可愛いし青春だ。


「俺も俺も!QRください!」

「はいはい。ジャッカルのは?」


丸井切原と恙無くLINEを交換し終えたところで、ニコニコと様子を見守っているジャッカルに催促すると俺も?!なんて驚かれる。驚いたのは他の二人もだが。


「ごめん迷惑だったね、忘れて」

「いやいや全然違うから!ほらQR!」


迷惑だったか、と思えば慌てて大げさに否定してくれる。ジャッカルはやはりいい奴で、いい奴ポイントがそろそろカンストを迎えそう。

よかったなジャッカル、と他の二人がすごくいい笑顔で笑ってる。そしてふと思い出した。


「そういえば前もこんな話ししたよね」


三人は顔を見合わせてからまた笑う。
ジャッカルに至っては少し涙目で、それを見た二人が泣いてやんのーと茶化して更にまた笑う。この三人といると笑ってばかりで楽しい。

大変名残惜しいが外も暗くなってきたので、また一緒に帰ろうね、と一言残して踵を返しいつものようにヒラヒラと手をふった。後ろから絶対スよー!なんて聞こえてきて、それにまたふふと笑みが零れた。


チーム青春の始まり
20190513 お肉