転入編12



結局土曜日はやる気が出ず、1日ダラダラと過ごした。

一週間生きてみてこの世界について分かったのは、テニスの王子様に関わること以外は私が今まで二十数年間生きてきた世界となんら変わりない事。そしてその間を埋めるようにして立海が存在している事。
つまり簡単に言えば、日本の領土がテニスの王子様に関わる学校や土地の分だけ広がっているんじゃないか、と。

電車で立海に通っている生徒たちはどうやら江ノ島駅から歩いて来ているようだ。前の人生で何度か鎌倉・江ノ島を観光した事があるが、立海周辺は江ノ島にしてはなんだか違和感がある。まるでそこだけ地図を引き延ばしたような。だからその分日本が広くなっていると結論付けた。



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日曜日、今日は少し小綺麗な格好をして化粧もしっかり施し東京へ出てきた。とりあえず安心したかったのだ。


(スカイツリーに東京タワー、秋葉原、池袋……うん、全部今まで通りだ)


一通り有名どころを回った。なぜこのチョイスかといえば記憶に頼るしかないなりに強烈に焼き付いている景色だし、電波塔二種は日本国のシンボルみたいなものだから、前の人生との共通点をなるべく多く見ておきたかったのだ。

戸籍謄本で見た両親の名前こそ"以前の両親"と同姓同名だったが顔もわからないし、何より娘を一人日本に残し海外で暮らすような親でもない。0の数に目眩がするほどの貯蓄だってないはずだ。悪い言い方をしてしまえば偽物。名前だけ存在しているのではと思わせるほど、家族に関する情報がなかった。


(だって家族写真の一枚くらいは、あってもいいと思わない?)


一人暮らしは前の人生で慣れていたし一人で生活する事に文句はない、ただこの世界で一人きりというのが妙に私を寂しくさせる。友達だっていたし恋人だっていた事もある、家族仲だって特別良くはないが悪くもなかった。それがもう、この先死ぬまで一人なのだ。

足休めに入ったカフェーでコーヒーを嗜みながら物思いに耽っていたが、このままだとネガティヴな方向へ突き進んでしまいそうなので気持ちを切り替える為に散策を再開する事にした。

見覚えのある路線図に所々見覚えのない駅名があったり、聞いた事もない地名があるのはもう触れない。触れないし近寄らないことにする。だってそれは確実にテニスの王子様関係だ。
紙面上創作物の彼らを知っていて生身で生きている彼らを知らない。私の中でもまだ上手く折り合いをつけられていないのでもう保留どころか放置だ。立海でお腹いっぱいだ。

なんとなく当てもなくフラフラと歩いていたら遠くからパコン、パコン、と小気味の良い音が聞こえてきた。
間違いなく確実に100%テニスボールの音なのだけれど、見るだけならいいかと音に誘われるように歩を進める。ついさっき立海でお腹いっぱいと言ったが前言撤回、あの超次元テニスにはやはり興味がある。

やってきたのはかなり大きな公園で、その一角にテニスコートが4面あった。ストリートテニスコート、というやつだろうか。
遠目なので詳細は分からないが男の子三人組が使っているようだ。全員黒髪なので王子様たちではなさそうであることに一先ず安心。

カラフルな頭だったら見なかったことにして即帰ろうと思っていたがそんな心配もないらしい。一人が壁打ちに勤しんでいて、他の二人は休憩中なのかベンチに腰掛けているので少し近づいて見学させてもらう事にした。

のが間違いだった。
たっぷりフェンスまで近寄って、ベンチに座る短髪の男と目があったところで全てを後悔した。


「見学スか?」


短髪の男がそういうと、隣に座る小柄な男も此方を見遣る。


「アンタなに」


ああ、王子様たちじゃなさそうとか思ったさっきまでの自分をぶん殴りたい。王子様中の王子様だよ、"あいつこそがまさしくテニスの王子様"だよ。
いつまでも返事をしない私に痺れを切らしたのか短髪の方がこちらへ近づく。フェンスのすぐ側まで来た男がもう一度問う。


「見学じゃないなら帰ってもらえます?」

「桃先輩、もう放っときましょ」


桃城武。それから。
越前、リョーマ。


「不躾にすみません、テニスの音が聞こえてきて、足が勝手に」


苦し紛れに事実を述べれば先程まで強張っていた空気が幾らか緩む。そして何を思ったのか桃城武がコートから出てきて私の腕を掴み、「そうならそうと言ってくださいよ〜」なんて笑いながら彼らが休んでいたベンチに座らされた。ここまで私は完全に思考停止である。
丸井といい桃城武といい、今時の男の子は連行するのが好きなのか。


「あの、邪魔になるので帰ります」

「俺は青春学園高等部一年の桃城武!」

「あれ無視?」


こっちの話は微塵も聞いちゃいない。
握手を求めているであろう差し出された右手を見つめて黙っていれば、さっきまで壁打ちしていた男が様子を伺いにこちらへやってきた。


「お前ら何してんだ、てかその女誰?」

「桃先輩がナンパしてきた」

「違うんスよ宍戸さん、なんかこの人テニス好きっぽいんで」


ああ、また王子様が増えた。
なんだって帽子の君たちは今日に限って帽子を被っていないんだ。越前リョーマも宍戸亮も帽子がトレードマークじゃないか、それが遠目で見えたらこんなに近づかなかったのに。黒髪三人じゃ紛らわしいことこの上ない。それから宍戸亮、あの白くて大きい相方はどうした、彼がいれば尚更近寄らなかった。
もう言っても遅いか。


「立海高校二年苗字」


未だかつてない程雑な自己紹介をして、ずっと差し出され続けていた桃城武の手を握る。
神様、私もう諦めました。


「やっぱ先輩か!気軽に桃ちゃんって呼んでください!」

「うん桃城よろしく」

「えー苗字さんつれねー」


握手した手をそのままブンブンと上下にふられる。その行動は結構可愛いのでさっき無視したことは許す。


「俺は氷帝二年の宍戸だ。でもなんで立海生がこんなとこいんだよ」


休日に都内を散歩するのは駄目かい、と返せば「そういうわけじゃねえけど……」と宍戸はぽりぽりと頬を掻く。そして今までこちらをジロジロと観察していただけだった越前リョーマが「ねえ」と話しかけてきた。


「アンタ、下の名前は」

「人に名前を聞くときはまず自分から」

「……越前リョーマ」

「名前だよ、よろしくね越前」

「リョーマ」

「はいはいリョーマね」


帽子がないのに帽子のつばを下げようとしてからハッとして、そして俯いた。多分これは照れているのだと思うけど、この時間軸だとリョーマは中三できっと多感な時期だろうから敢えて触れないでおく。


「越前だけ仲良くしてんじゃねーよ」

「桃先輩うるさい。てかいつになったら試合できんの」

「そういや長太郎おせーな」


ずりーぞ越前、とリョーマの二の腕に拳をうりうりと食い込ませている桃城がなんだか面白くてふふと笑うと、宍戸が少し目を見開いた後相方の所在を気にしだす。
やはり彼もいるらしいが、聞けば飲み物を買いに行ってからもう10分は経っているとのこと。そろそろ帰ってくるよ、とか適当な事を言えば本当にテニスコートの出入り口から「宍戸せんぱーい!」と声をあげて白髪の青年が走り寄ってくる。


「すげー!名前さんエスパーだ!」

「偶然だよ」

「宍戸先輩!お待たせしてすみません!」


桃城がさり気なく名前呼びしたことはスルーだ。
スポーツドリンクを抱えたまま深く頭を下げる鳳長太郎。生で見るとより大きく感じるな、なんてぼんやり考えてたら本人から心底嫌そうな視線を感じる。

嫌悪感がそれはもうひしひしと伝わってくるので、私はそろそろお暇するよと立ち上がるとリョーマが腕にしがみついてくる。ヤダ、なんて上目遣いで言うもんだからあまりの可愛さに身体が固まり動けなくなった。この子自分が可愛いのを分かってやっている、これは確信犯だ。でも可愛い。悔しい。


「長太郎、こいつは立海二年の苗字。ただの見学だってよ」


見かねた宍戸が助け舟を出してくれると、鳳長太郎が今度はこちらに向けて深く頭を下げ「すみません!」と大声で謝罪してきた。居た堪れなくなって頭を上げるよう促す。


「最近どこのコートもファンがついて回ってきてて、やっと見つけた穴場だったので、つい……失礼な態度とってすみませんでした!」

「迷惑ならすぐ帰るつもりだったから、頭上げて、ね?」


まるで、こんな俺を許してくれるんですか?なんて言いたそうに目をキラキラ輝かせる鳳長太郎に若干気圧される。凄まじい大型犬感、しかしこうも喜怒哀楽がはっきり表情に出るのは分かりやすくて非常に好感的。


「氷帝一年の鳳長太郎です!長太郎と呼んでください!」

「よろしくね鳳」


分かってはいたが、名前で呼ばなかったことに落ち込みガックシと肩を下げる。シュンとした様子に犬耳と犬尻尾の幻覚が見えそう。そして気づく、彼もまた自分の可愛さを理解していると。
でも可愛いから許す。ダメな大人だ。


「意地悪してごめんね長太郎」


今度はパァァと笑顔になる。背景にブンブンと振られた犬尻尾と咲き乱れる花の幻覚が見えた。


テニプリ的地理わからないからもう触れない
20190513 お肉