転入編13



(side宍戸)


長太郎から聞いた穴場。
青学の桃城が見つけたらしい。

最近はどこのコートに行ってもファンらしき女達がついてくる。一体どこから情報を掴んでくるかは知らないが、キャーキャー騒がれると煩いし気が散る。部活とプライベートなテニスは全くの別物で、勝ち負けとかじゃなく素直に内輪で楽しみたかった。

日曜日はいつもオフだから、今日は長太郎から聞いた穴場に早速行ってみることにした。
桃城と越前は既に打ち合っていたらしく、俺らが到着した頃には結構汗をかいてたから、試合の前に少し休憩しようと提案する。長太郎が飲み物を買いに行くというので行かせて、手持ち無沙汰になった俺は壁打ちを始めた。

暫く続けていたら休憩している筈の二人がなにかに文句言っていて、無視してそのまま壁打ちを続けていたが、ここでは一番の年長者だしやっぱり少し気になってしまう。
面倒事を起こされてはたまらない、と桃城達の方をチラリと盗み見れば、すぐに人が増えている事に気が付いた。しかも今日一番見たくなかった女だ。
流石に放っておけなくて壁打ちを中止しべンチへと足を進めた。


「お前ら何してんだ、てかその女誰?」

「桃先輩がナンパしてきた」


越前の言葉に思わず絶句した。
しかしその後すぐに桃城から訂正が入る。テニスが好きそうだから連れてきた、と。俺たちがファンに辟易していて静かに楽しみたいのを知っているはずの桃城が。なんなら桃城と越前だってファンに困っていた筈で、。

そんな疑問が打ち消されたのはそのファンの、いや女子の自己紹介を聞いた時だった。余りにもアッサリしすぎたそれに、少なくとも俺たちのファンではないと勝手に結論付けた。
そして俺も自己紹介をしつつ、新たに浮かんだ疑問をぶつける。


「俺は氷帝二年の宍戸だ。でもなんで立海生がこんなとこいんだよ」

「休日に都内を散歩するのは駄目かい」

「そういうわけじゃねーけど……」


他の女子とは違いかなり落ち着いたテンションでそう返される。この女子に対して気を張り続けるのも疲れてきたし、害も無さそうだからもうなんでもいいかと思った。

そのまま事の成り行きを見守っていたら、(じゃ)れる桃城と越前を見た苗字がふふと笑ったのを見て思わず驚いてしまった。なんつー綺麗な笑みをしているのだと。まるで、そう、母が子を見て笑いかけているような、そんな笑みだった。
俺が驚いたのを苗字に見られたのがなんだか恥ずかしくなって、長太郎の話題で誤魔化した。


「鳳に飲みモン任せてからもう10分は経ってるんスよね」

「あの人ケッコー鈍臭そうだし迷ってんじゃない」

「長太郎じゃなくて俺が行けば良かったかもな。わりぃ」

「大丈夫、そろそろ帰ってくるよ」


越前が鈍臭さそうと言っていたが否定できない。数年間ダブルスのパートナーとして過ごしてきた俺もそう思う。
自分が行けば良かったと素直に謝ると、不安そうな俺たちをあやすかのように苗字が大丈夫と言う。その直後、コートの入り口から長太郎の声が響く。こいつエスパーかよ、と思えば桃城がそう声に出して思わず吹き出しそうになった。


「宍戸先輩!お待たせしてすみません!」


迷ってたのか、と聞こうと思ったが何か違和感があってやめる。何だと様子を見ていたら、長太郎が苗字に対して嫌悪感全開の視線を送っていた。ファンがいない穴場だと聞いたのに知らない女がいたらそうなるよな。
ただ苗字がそのファン達とは全然違うっていうのはこの短時間でもよく分かったので助け舟を出してやる。


「長太郎、こいつは立海二年の苗字。ただの見学だってよ」

「え?あ、ええ!?す、すみません!」

「いやいや私は大丈夫だから頭上げてよ」


俺が紹介するなら害のない女なんだろう、と長太郎も理解したのか直ぐさま苗字に向かって頭を下げだした。そんな長太郎に困ったように笑う苗字。
この落ち着き様、やっぱり俺と同い年の女子には見えねえな。悪い意味じゃないぜ?

長太郎と苗字も自己紹介を済ませたところで、いよいよ打ち合いが始まった。こんなに静かで空気のいいコートでの"プライベートなテニス"は久しぶりで、夢中になっていた俺たちの決着がついたのは、もう辺りが薄暗くなっていた頃だった。


「宍戸せんぱぁい、ノーコンすみませんでした……」

「でも鳳サン速度は安定してたよね」

「そういう越前は今日調子悪かったな」

「コイツ帽子失くしたらしくて朝から機嫌悪かったんスよ」


結果は6-5で桃城越前ペアの勝利。
長太郎が泣きそうになりながら項垂れるからすかさず越前がフォローを入れるが、そんな越前は普段の数倍調子が悪そうで桃城が理由(ワケ)を教えてくれた。
タオルとスポドリを取ろうとベンチへ視線を向けてハッとした。まだ苗字がそこに座っていた。


「あれ、終わり?」

「うわ!名前さんいたの忘れてたー!」

「夢中になるのはいいことだよ」


桃城の言う通り、俺たち全員苗字がいる事をいつの間にか忘れていたのに、さして気にもしていないようでふふと笑って俺らにスポドリを差し出してくれた。


「テニスってすごいんだねぇ」

「名前サンってテニス好きなんじゃないの」

「こんなに間近で見たのは初めて」


そういえば桃城が"テニスが好きそうだから"とかなんとか言っていた気がするが、本当に初めて見たかのような反応をされてそれがなんか少し擽ったい気持ちになる。


「集中しちまって悪かったな」

「それはみんなの邪魔にならなかったと、前向きに捉えておくね」


そう言ってまた微笑んだ。
事実、いつもよりずっと集中できたし今日の打ち合いは本当に楽しめた。それが俺たちの総意だった。
間もなくして、苗字は「暗くなってきたしそろそろお暇するね」と言って足早に帰って行った。桃城と越前が呼びかけてもその後ろ姿は振り返ることなく、代わりにヒラヒラと手を振るだけだった。


「なんだか不思議な方でしたね」

「ああ」

「連絡先聞いておけば良かったな〜」

「オレ交換したけど」


中三のくせにちゃっかりしてんな。
桃城が越前を追いかけ回しているのを横目に、次会えたら俺も交換してもらおうと、そんな事を考えながら長太郎と帰り支度を始めた。


リョーマの帽子はカルピンが下敷きにして寝ていたという補足
20190515 お肉