昇降口から教室までの道のりで周囲から突き刺さるような視線を感じるが敢えて気付かぬふりをする。教室に入れば私の顔を確認したや否やクラスメイト達はひそひそと何やら話し込んでいるがこれもスルー。本音を言えば大変気にはなるのだが、ここで誰かに聞いてはいけないと私の中の何かが警報を鳴らす。それはもうけたたましく。
「おはよう」
この雰囲気に気づいていない筈がない柳が読書の手を止めて挨拶をしてくるが、依然として警報が鳴り止まないので手をあげるだけにとどめる。これ以上話しかけるなオーラを添えて。
効果があったのか柳はそのまま読書を再開したようだった。
クラスメイト達のひそひそはSHRの為に担任がやってきたことで終わりを迎える。心当たりがないと言えば嘘になる。恐らく金曜日の放課後、丸井に手を引っ張られて部室へ連行された事に色々と尾ひれがついているのだろう。
適当に授業をこなしていればいつの間にか三限終了のチャイムが鳴った。集中力があるんだかないんだか、朝は少し気になっていた周囲の喧騒がかえって良いBGMと化してくれたようだった。
「苗字、少しいいか」
「ん」
朝の挨拶から今までだんまりを決め込んできた柳が口を開く。ずっと集中していたから、ひとつ大きく深呼吸してから柳の方へと顔を向けた。
「今日の昼も一緒にいいか」
なんだそんな事、と了承の返事をする間もなく周囲からキャーと悲鳴が飛び交う。なにが起きたのか理解するのに数秒を要した。
「好きにしたらいいよ」
「では次の授業が終わったら一緒に行こう」
柳にしては態とらしい言葉の選び方に不信感を覚える。未だにクラスメイト達が騒がしくしているので、そちらに耳を傾ければやっぱり、だの噂通り、だの聞こえてくる。
そして思い出すのである。金曜日に行われた魔のミーティングで、幸村がそれはそれは不穏な発言をしていた事を。
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四限が終わり私は足早に教室を出た。私を謀った柳なんて待っていられるか。
後ろから付いてくる足音を無視して歩くスピードを速め、荒々しく屋上の扉を開けて、そして閉めた。これはせめてもの抵抗である。直後なぜ閉めるんだと文句を言いながら柳が続いて入ってくる。
いつもと同じベンチに座るのがそこはかとなく癪なので、態と入り口から一番遠いパラソル付きのテーブルまで向かいそのまま椅子に腰掛けた。
「どうした、苗字らしくない」
「それはこちらのセリフ」
「すまない」
「謝るなら最初からやらなければいい」
深く溜め息を吐けば何が面白いのか、少し楽しそうにしながらノートへと何かを書き加えている。幸村を待たずにコンビニ産のいつもの昼食をかじれば柳もお弁当を食べだした。口の中の物を飲み込んでから問う。
「それで、君たちは一体何をしてくれたの」
「その態度は気付いたからこそと思っていたのだが……データを見直さなければな」
「今からどう尋問してやろうかそれはもうワクワクしてるけどね」
高校生のやることだ、あまり気を立て続けても大人気ないので今日一番深い溜め息を吐いてから尋問というワードを出せば、柳の眉間に小さな皺が寄る。
その眉間から視線をそらせば、いつの間にか此方に向かい歩いてきている幸村と目が合った。
「やあ苗字さん。今日はこっちなんだね」
「やあ幸村くん。早く着席したまえよ」
いつものベンチではないことに不思議そうな顔をしながらやってきたので、隣ではなく対面の椅子に座るよう促す。大人しく座った幸村に一先ず満足したので、とりあえず昼食を食べることに意識を向けた。
そうして暫く経ってから、二人が食べ終えたのを確認し、背筋をシャンと伸ばしながら改めて幸村を見つめる。
「では単刀直入に。何をしたの?」
「もう答え合わせ?簡単に言うんじゃつまらないじゃない」
「ならもう君には聞かない」
勿体振る幸村から聞き出すのは時間の無駄、と柳に視線を向ければ分かりやすく顔を逸らされた。なるほど、幸村が口を割らないなら自分からも言えないということだろう。
幸村の絶対王政にはため息が出る。
「じゃあこの話はもうおしまい」
「あれ?いいんだ」
「今後君たちとも関わらない」
「あ、そういうこと言うの」
「精市、もういいだろう」
私が大人気なくもう関わらないと言えば驚きを隠さないままむくれる幸村、それを見兼ねた柳が降参した。
「俺たちテニス部が苗字を狙っている、といった旨の噂を流させてもらった。丸井と手を繋いで歩いていたという目撃情報も多数寄せられているので皆簡単に信じた」
「……狙って?ん、なんて?」
「苗字さんを落とそうとしてるって、そういうこと」
柳が言った事にいまいち理解ができなくて問えば幸村がとんでもない事を言う。狙う、落とす、……うん、考える事をやめた。
「臨時マネとして落としたいのは事実だよ。引き受けてくれるなら俺から噂の訂正をするつもり」
「精市が言えば間違いないからな」
ああ理解した。
ちっとも理解なんてしたくはなかったが理解してしまった。そういえば覚悟しておけとかなんとか言っていたものね。
多分彼らは相当おモテだろうし、そんな噂が流れれば私も妬みや嫌悪の対象となるだろう。そしてそれらを回避したくば合同合宿の臨時マネージャーをしろ、と。
君たちは気づいているのだろうか、臨時マネージャーを引き受ければ結局"テニス部と関わっている女"として新たな噂が生まれる事に。
つまり答えはひとつだ。
「私はやらない」
もうこれ以上彼らといては噂が噂で無くなってしまいそうなので教室へ戻ろうと立ち上がれば、すぐに幸村が立ちはだかる。流石神の子、動体視力と瞬発力が常識の範疇を超えている。
「どうして逃げるの」
「逃げたい状況を作ったのは君たちだよ」
「少しくらい悩んだっていいじゃないか」
紙面上創作物の幸村はこんなに聞き分けが悪く、すぐにむっとして分かりやすく不貞腐れる人物だっただろうか。生身の幸村は人間味があるし男子高校生らしい。
「苗字が断るなら噂はそのままになるが?」
「高校生って噂に踊らされる年頃だよね」
「何それ。なんでそんなに余裕そうなの」
「余裕だからだよ」
噂はそのままでいいか、と問われれば否。
しかし人の噂も75日。特に流行り廃りに敏感な高校生だ、いずれは忘れる。結局噂というものは噂の域を出ないのだ。
丸井との件だって"手を繋いで歩いていた"とは言い難い。明らかに丸井が無理やり女子生徒の手を引いて連行している図だ。
もうそろそろ本格的に面倒臭くなってきたので、不貞腐れた幸村の横を通り過ぎ屋上の扉へ向かい歩き出す。追いかけてくる足音は一つだけ。幸村はそのままむくれているだろうから柳の物と断定する。読みは正しかった。
「待て苗字、まさか本当にこのまま俺たちと関わらないつもりじゃないだろうな」
そう言われて、確かにそれもありだなと考えた。火のないところに煙は立たないと言うだろう。テニス部と関わる事が火ならば、関わらなければいい。ただ相手はあの幸村だから一筋縄ではいかないのは分かっている。
「君たち次第、と言っておこうか」
そう言うと驚いた様子の柳。
もう一度何かを言われてしまう前に今度こそ屋上から立ち去った。
関わりたい男子高校生
20190515 お肉