転入編15



逃げるようにして屋上から教室へ戻るとクラスメイトの女の子たちが私の元へ集まってきた。朝から今まで、側にはずっと柳がいたから聞くに聞けなかったのだろう。恋する乙女たちの強すぎる勢いに負けたので素直に答える事にする。


「柳くんとどういう関係なの?!?」

「クラスメイト」

「ねねっお昼は二人で何してたの!?」

「二人ではないけど昼食」

「金曜日ブン太くんと手繋いでたってマジ?」

「丸井に連行されてただけ」

「あ!アタシたちそれ見てたー」

「たしかに強制連行っぽかったよね」

「なんか苗字さんって超クール」

「それな」

「わかるー」


余りにも淡々と答えていたからか、女の子たちの勢いも衰えてきた。テニス部で誰が好き?とも聞かれたが、彼女たちの求める"男としての好き"で言うならば全員そういう目では見ていないので興味ないとだけ返す。身体は若返っているが心は大人、さすがに男子高校生に手を出すほど飢えちゃいない。

予鈴が鳴り女の子たちが自席へ戻っていく頃には既に柳も帰ってきていたが知らぬフリをした。



▼▲▼





火曜日、朝のSHRが終わり一限の準備を始めると隣から突き刺さる視線。言わずもがな柳からだが、昨日と同様に気づかないフリをしていつものようにグラウンドをぼうっと眺める。

これまで毎日交わしてきた朝の挨拶をしていないからか、少し物足りない感があるのは本当だ。比較的大人な柳なら無理に話し掛けてこないと分かった上で一度も目を合わせていない。しかしこればかりは仕方ないのである。許せ柳。

一限は古典の授業。
人生二周目の私からすれば復習レベルに過ぎないので、そのままグラウンドを眺め続ければA組とB組の合同体育なのが分かった。女子は体育館にいるようで男子の姿しか見えない。今日はサッカーか。それにしてもあの赤髪は目立つな。
そこで思い立ったので、丸井に個人LINEを送る事にした。


『サッカー見てるよ、頑張って』


先生にバレないようにメッセージを送りスマートフォンをそっとポケットにしまう。するとそのポケットがブブブと震えた。
丸井もジャッカルもサッカーの最中だし切原からか。それとも日曜日にLINE交換したリョーマかな、ともう一度スマートフォンを取り出す。


(……え?)


一件の未読メッセージを開くと丸井とのトーク画面。スマートフォンからグラウンドに視線を移しても今まさにドリブル中の彼。意味がわからないし気味が悪い。そしてそのメッセージもまた気味の悪さに拍車をかける。


『第二視聴覚準備室にて待つ』


少なくともこのメッセージの送信者は、相手が私だと理解して送ってきているわけだ。それにしたって不気味である。丸井が体育でスマートフォンを携帯していない事を知る人物が、私の事を呼び出している。
素直に怖いなと思う。


『どなたかは存じませんが、他人の携帯電話を勝手に操作するのはやめた方が良いかと』


返信する私も私だが、これは丸井の為でもある。彼には後でもっと防犯意識をもってもらうように伝えなければ。そしてすぐに既読がついた。


『来なければこのスマホは本人に返さない』


面倒臭い送信者に少しばかり苛立つ。本当に本人がその気なら盗難事件になるが、このトーク画面を証拠として残さない限り紛失扱いで終わる可能性もある。
LINEは送信済みのメッセージを任意で消すことが出来てしまうので、せめてスクリーンショットくらいは撮っておかないといけない。


(となれば、やるべき事はひとつ)


私は静かに挙手をする。気分が悪いので保健室へ行きたい旨を伝えれば、先生は二つ返事で許可を出してくれた。

一度お手洗いに立ち寄りスクリーンショットを撮り、事実を作るべく保健室へ足を運ぶ。幸い養護教諭が外出中だったので入室ボードに必要事項を書き込んでからもう一度LINEを開いた。


『それは盗難ですよ』

『返事に時間がかかったということは抜け出し成功か』

『目的はなんですか』

『二人で話しがしたい』


保健室に誰もいないのをいい事に、それはそれは大きな溜め息を吐いた。なんて面倒臭い。こんな回りくどい事をして一体何が目的なんだ。

しかし丸井の為だ。保健室の窓からグラウンドを覗けば元気にボールを追いかけ走り回っている彼の姿。出来たばかりの青春友達が困る姿は見たくない。仕方ない、一肌脱ごうじゃないか。

そうして保健室を後にした。



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第二視聴覚準備室。
準備室というのは基本的に生徒は立ち入り禁止だと思うのだけれど。授業の前後に教師が使う筈で普段は施錠された部屋、前の人生ではそういう認識だが。

恐る恐るノブを回すと想像以上に簡単に開いた扉、そのまま入らずにまずは中の様子を確認する。流石は視聴覚準備室なだけありバインダー収納棚がズラリと並んでいて、それらがパーティション代わりになっているせいか全く様子が掴めなかった。


「失礼しまーす」


小声で念のための断りを入れてから入室する。埃っぽい匂いがして、ここが普段から余り使われていないことはすぐに分かった。

収納棚の向こう側にあの悪趣味な送信者がいると思うと足が竦む。勢いでここまで来てしまったが、B棟のここは人が少ないし、相手が男で襲われでもしたらまず助からない。いくら中身が大人でも、男相手なら力の差は歴然、それでも。
女は度胸だ。

キョロキョロと辺りを注意深く見回しながら、パーティションとなった収納棚の向こう側、さらにまた向こう側へと足を進めていく。

一番奥には使われていなさそうなソファーとローテーブル、その脇にはロッカー。多分ここを使う教師の為のものであろう。
しかし誰もいなかった。


「ッ……!」


誰もいない、騙されたのかな、と帰るため振り返ろうとすれば背後から伸びてきた手に口元を押さえつけられる。しまったと思うが時既に遅く、もう片方の手に両腕ごと抱きかかえられ身動きが取れなくなってしまった。

恐怖を感じると身体が強張り声すら出せなくなるというのは本当だった。足がフリーだから踏むだの蹴るだの出来るはずなのに身体が言うことを聞かない。硬直した身体のまま、ああこのまま犯されてしまうのかな、とぼんやり思い始めた時だった。


「随分冷静じゃな」


耳のすぐそばで聞き覚えのある声がした。そしてこの独特の喋り方。理解したのと今まで拘束していた腕が離れるのは同時だった。


「――仁王」


振り向けば想像通りの人物。
何故、と問う前に仁王のそのスラリと伸びた人差し指が私の開きかけた唇を押さえる。それから私の背後を指差した。なるほど、あのソファーに座れってか。

保健室にいた頃から既に面倒臭さがピークに達していたので、もうどうにでもなれと大人しくソファーへ腰掛ける。仁王も続いて隣に腰掛けた。
金曜日のミーティング時はあんなに嫌そうに離れた席へ座っていたのに、一体どういう風の吹き回しだろう。


「のうおまんさん、一体何者じゃ」

「立海大付属高等学校二年C組苗字名前、性別は女、先週の月曜から転入して――」

「そういう事じゃなか」


たっぷり一呼吸おいてから仁王が何者かと問うてきた。そういう事じゃないのは重々承知しているが、何者と言われても困ったので改めて自己紹介をすれば途中で遮られた。
今度はこちらから問おう。


「丸井のスマートフォンは君が?」

「そうじゃ、ほんれ」


取り敢えず犯人及び現場は確保。
丸井のスマートフォンをポケットから取り出し私に見せてからまた仕舞った。呼び出しに応じたのだし後でしっかり丸井に返してくれるだろう。いくら詐欺(ペテン)師と言えども約束は守る筈だ。


「犯人が君で安心したよ。どこの不審者かと心配してた」

「さっきからほんまに落ち着いとるのう」

「全然」


肩を竦めて答えても、納得していない様子で此方を見つめる。
所謂ジト目というやつだ。


「それで何用?」

「ああ、特に用事はなか」


思わずは?と言いそうになるのを既の所(すんでのところ)で踏み止まった。用事がないのにこんな場所まで呼び出されたのか。授業をサボって抜け出したのに。送り出してくれた古典の先生の顔を思い出し良心が痛む。


「LINEで言うたじゃろ。おまんさんと話をしてみたくての」

「何から話そうか」

「ほう?意外と乗り気か」

「とっとと済ませて帰りたい」


素直に返せばつれない女じゃ、と不満そうに零す。あと10分もすれば一限が終わるので早く帰りたいと願うのは当然だろう。早くしろと願う私の強い視線に参ったのか、彼は一度深い溜め息を吐いてからぽつりと言う。


「昨日から部活がきつい」


この呟きはそのままの意味ではないだろう。何もテニス部の愚痴をわざわざ言うために呼び出した訳ではあるまい。
とは言えその真意を汲めるほど彼と関わってきていないのは事実。会ったのはあのミーティング以来、会話も殆どなし、幸村への対応が面白いそうで笑っていた、そんな記憶しかない。ああそうか。幸村のこと。


「幸村?」

「……もう一度聞くがおまんさん何者?」


真面目な顔でエスパーなんか?と聞いてくる仁王が可愛くて思わずふふと笑えば、今度は目を見開いて固まった。彼は想像しているよりも顔に出やすいタイプのようだ。詐欺(ペテン)師仕事しろ。


「幸村がどうした?」

「あ、ああ。昨日から荒れまくっちょる」

「私が原因と踏んだ理由は?」

「幸村のことは中学から見てきたが、あんなおぼこい(子供っぽい)顔は初めてみた」


金曜日?と聞けばそうぜよ、とだけ返ってきた。
私から見れば仁王を含めたテニス部全員が正しく"子供みたい"なのだけれど、これは言っても伝わらないしそもそも言うつもりもないので黙っておく。

そのまま話を続けてみれば、別に呼び出してまで話すつもりは無かったということが分かった。体育をサボるついでに丸井のスマートフォンを勝手に拝借し(良くあることらしいがやはり防犯意識が低そうなのでこれは後で説教だ)、暇つぶしとしてスマホゲーで遊んでいたらたまたま私からのLINEが入ったと。


「ほんでこれ幸いと、おまんさんを呼び出したっちゅうわけじゃ」

「流れは理解できた」

「しっかし聞き上手じゃのう」


褒め言葉ととって良いのか、聞き上手という単語に少し違和感を覚える。想像上の仁王ならば、"いらない事まで話してしまった"という意味だろうか。納得いかなそうな顔を見るにそれだ。

二限の予鈴が鳴った。
今頃丸井はスマートフォンが無い事に焦っているのだろうか、それとも姿が見えない仁王にまたあいつか、なんて愚痴を零しているのだろうか。

このまま仁王も道連れに、二限もサボりと決め込もうじゃないか。


スマホゲーと言っても多分テトリスとかソリティアとかそういう程度
20190515 お肉