お世話はするよりされたいし、テニスの詳しいルールは分からない、マネージャーなんてやったこともなければやりたいとも思っていない。
けれど、いつまでも紙面上創作物を追い続けてはいけないことに気付かされた。彼らも私も、今この場所で確かに生きている人間なのだ。
だからこそ、私と関わろうとしてくれている彼等を、ただの"王子様たち"として切り捨てたくはなかった。ただそれだけ。
「苗字さん、一応挨拶をよろしく」
「二年C組苗字名前、三日間お世話になります」
ペコリとお辞儀をすれば、アッサリしすぎっス!と切原が言う。長ったらしい挨拶は合同合宿でやるだろうから楽しみに待っておきなさい。
部員達が練習を開始した頃、柳から合宿中のマネジメント業についての説明を受ける。
タオルや衣類の回収・洗濯、ウォータージャグでのドリンク準備、スコア付け、タイム測定、コート整備、ボール回収、応急手当等々。
分かってはいたが大変そうだ。
特にスコア表が厄介だった。欄外には丁寧に書き加えるべき記号やアルファベットが記されているし、それらをどこに書けばいいのかも分かりやすいシートだ。
しかしサーブやボレーが何かは分かるが、ストロークだとかドロップショットだとか、細かい打ち方の違いが難しい。
「ねえ柳、これ素人目に分かるものなの?」
「ゆっくり覚えていけばいいさ」
「合宿って金曜からだよね?あと二日しかないのだけれど」
今日明日と部活に顔を出すにしても、"ゆっくり覚える"とはいかなそうで不安が募った。
そして合宿までの練習としてのマネージャー見習い業務を終え、ミーティングルームを借り制服を着ている最中だった。コンコンとノックの音が聞こえたので着替え終えるまで待つようにお願いし、急ぎ着替えを済ませる。
「お待たせしました、って幸村」
「今日はお疲れ様」
幸村ならこんなに急がなくても良かったかな、なんて思ったのは秘密だ。
ハイこれ、と手渡されたのは紙袋。厚みはあるが重たくない、なんとなくフワフワとした感触。これは何かと幸村を見ると開けてみて、と促されるので素直に従う。
「これ、……」
「君のだよ」
紙袋の中を覗けば一杯の芥子色。立海のレギュラージャージのそれと同じ。なぜ私に、という前に幸村が口を開く。
「先週の金曜日に注文したんだけど、早速届いちゃった」
先週の、金曜日。
それは例のミーティングが行われた日。その日に注文したと言う。つまりだ、彼は最初から私が入ると見越していた、或いは入らなくてもこれを渡し強制的に連れて行こうとしていた、ということになる。
全くなんてやつなんだ。
「色々言いたいことはあるけど素直に受け取っておくね……」
「サイズはメンズXSだから少し緩いと思うけど」
深く溜め息を吐いたのにそれを無視してサイズの話。もういいです。諦めてます。
もう一度溜め息を吐いたところで他の部員たちも着替え終えたのかワラワラと部室から出てくる。もう帰ろう。臨時とはいえ仲間として受け入れられたのかな、なんて思えばいくらか気持ちも晴れた。
「名前ー」
「丸井。お疲れ様」
「帰ろうぜぃ」
「今日は真っ直ぐ帰る。ごめんね」
丸井が誘ってくれて非常に嬉しい。しかしもう外も暗く、慣れないマネジメント業務に疲れたので申し訳ないが帰らせてもらう。チーム青春との寄り道はまた今度に取っておく。
それじゃあ、と足早で帰路についた。
▼▲▼
木曜日の部活にもお邪魔させてもらい、大体の業務は頭に叩き込んだ。今日も早く帰ってゆっくり休もう。
「苗字、三日間よろしく頼む!」
「こちらこそよろしくね」
「明日は5時に正門前だぞ」
「はいはい。切原は寝坊しないように」
「はい!今日は絶対スマブラやりません!」
「仁王君も遅れては駄目ですよ」
「プリッ」
「遅刻したら腕立てな。ジャッカルが」
「俺かよ!」
「腕立てはいいから、遅刻者は走って軽井沢まで来てね」
みんな思い思いに言いたいことを言うが、幸村の言葉に顔を青ざめる者数名。おそらく遅刻経験者だろう。
あんなに嫌々だったけど、今は少しワクワクしている。三日間何事も起こりませんように。
「ふふっ、みんなまた明日!」
いつものように一足先に、ヒラヒラと手を振って立海を後にした。
一刻も早く合宿編を書きたくてここまで急ぎ足
20190517 お肉