転入編02



スマートフォンの地図通りに歩くこと約5分、十数階ほどの小綺麗なマンション。エントランス傍には郵便受けに宅配ボックス、業務時間外なのか受付には誰もいないその先にはオートロックで閉ざされた自動ドア。ふむ。

恐らくここが私の家なのだろうとやけに冴えた脳で結論づける。そして先ほどと同様にスクールバッグを漁れば想像通り内ポケットに鍵が入っていた。昨今では見慣れたディンプルシリンダーで防犯性はバッチリといったところか。

オートロックはこれで難なく突破出来るだろうが、何処の部屋へ向かえばいいか分からないので少し怪しいが郵便受けを端からチェック。不審者満点だが自分の名前は見付けられた。


(部屋は1201、12階か)


郵便受けから察するに最上階である12階は一部屋しかないらしく、大層裕福なのだな、なんてぼんやり考えながらエレベーターを呼び出す。
よく言うではないか、夢は願望の表れだと。



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「今、何時?」


いけない、寝てしまっていたのか。
まだ少し霞む視界でグルリと辺りを見渡すと知らない部屋、知らないベッド、知らない、スクールバッグ。

夢から醒めた夢、なんてミュージカルがあったっけ、と呑気に思い出す。どうやらまだ夢の中らしい。
結局あの後この部屋に入って、鼻につく新居の匂いとローテーブルの上に置かれた書類から現実逃避するように寝室のベッドへ倒れこんだ。そうだ書類だ。

とりあえずずっと制服を着ていて麻痺していたが、いくら夢とは言え自分はもう20代、さすがにコスプレし続けるのはキツイだろうとウォークインクローゼットへ向かう。寝室を探す際にこの広すぎる家の間取りは覚えた。全くウォークインクローゼットなんて贅沢だこと。

静音性に優れたスライド式ドアを開けると勝手に着くライト。玄関でもそうだったからもうこの豪華な家には驚かない。
なぜかウォークインクローゼットには私の好みの衣類やバッグ、靴がズラリと並んでいる。ここまで私の好みを網羅されていると何となく気味が悪いがこれも全て夢、ありがたくその中から部屋着に出来そうなゆったり目のワンピースとカーディガンを選び着替えた。

リビングへ行く前にキッチンへ向かいコーヒーを入れる。ご丁寧にバリスタマシンがあるし、"夢の外"では会社で腐るほど淹れてきた。鼻腔を擽る香ばしい香りと共に広いリビングへ向かう。

フカフカで座り心地のいいソファーにどっしりと腰を掛け、その感触を確かめるように一度深呼吸。視線の先で60インチは超えているであろう無駄に大きいテレビが主張してきたので、ガラスで出来たお洒落なローテーブルの端に置いてあるリモコンで適当に番組を選ぶ。あ、マツコだ。

そうして今まで視界に入れないようにしていた書類達へようやっと向き合った。
一番上にあるのは、もちろん。


(転入の手引き……、その下は"あの学校"についてのあれこれ、それから、……)


転校生なんだろうな、とは思っていたし自分が何故16〜17歳の高校二年生なのかはもう「夢だから」の一言で片付けるとして、問題はそのさらに下にある書類、いや手紙。


「苗字名前様、こちらの手違いで貴方の寿命を全て消去してしまいましたので急遽転生手続きを取らせて頂きました。……は?」


読んでも意味が分からないので再度声に出しながら読んだがそれでも理解できない。いやこの際理解しなくていい、どうせいつか醒める夢なのだ。


「苗字様のよく知る世界で新たな人生をご用意致しましたが、パラドックス等を考慮した結果、ご想像とは少し違う世界である事をご了承下さいませ。本来在るべき寿命は新しい世界へ引き継ぎ、という形になります。」


夢は願望の表れ。
つまり私は新しい人生を望んでいたのだろうか。実は制服着たいとか思っていたのだろうか。また学生時代をやり直したいと考えていたのだろうか。
自分の深層心理を知れた気になったところで、残りの手紙を読み上げる。


「お手数ですがこの文章を読み終えられましたらお近くのシュレッダーまで。それでは良い人生、を……」


差出人は不明だ。
でもこれは夢だし、と何故かスッと受け入れてしまった。そういえば寝室とは別の部屋にシュレッダーがあったな、用意周到だな、なんて考えたところで急に襲うは空腹のサイン。

キュルキュルと鳴るお腹を押さえながら念のため言われた通りに手紙をシュレッダーにかける。とりあえず周辺の散策も含めて近くのコンビニへ行こう。


20190511 お肉