合宿編02



各自割り当てられた部屋に荷物を置いてからコート集合となった。桜乃ちゃんは当然竜崎先生と同室なので、残念ながら私は一人部屋だ。

朝から昼まではグラウンドを使い基礎トレーニング、昼休憩を挟み午後からは4チームに分かれコートを使った練習になる。チームはランダムで振り分けられ、それぞれにマネージャーが一人ずつ付くらしい。
今日はDチーム担当となった。


(タオルもドリンクも、これでよし)


基礎トレーニングと言っても最初は体力テストをする。長・短距離のタイム測定は滝が一人でやれるというので任せて、私はタオルとウォータージャグの準備、桜乃ちゃんは午後から使用するテニスコートの整備をしている。
観月は選手として体力テストに参加中だ。

短距離は一本の測定ではなく何本か走るらしい。測定ムラも一つの理由だが、身体が温まるほど速度が上がる選手もいるからだろう。


「よう!苗字がいるとは思わなかったぜ」

「私も来るとは思ってなかった」

「ははっなんだよそれ」


第一陣として測定が終わったらしい宍戸がやってきたのでタオルを手渡せば、それを受け取り雑に汗を拭った。その姿すら様になる。


「つかさっきの挨拶なんだよ。初めて会った時のと違いすぎんだろ」

「やっぱりやりすぎちゃったよね?」

「一瞬別人かと思っちまったわ」


そのまま会話していたが、続々と短距離の測定を終えた選手たちがやってくるのが見えて、なんとなく気まずくて宍戸に挨拶してから滝の元へと向かう。

次にやるべき仕事は使用済みタオルの回収・洗濯なので、それまでの時間でタイム測定の手伝いを申し出た。
と言っても正確さを求めるのであればストップウォッチは滝に一任した方がいいので、私は大人しく記入係だ。


「苗字さん助かるよ」

「いいえ。マネージャー初めてでこれくらいしか出来なくてごめんね」

「初めて!?……やるねー」


短距離の測定が終わり長距離が始まったので、少し暇になった滝と当たり障りのない会話をする。マネージャー歴の話をすれば心底驚いた顔をした滝が、代表的なセリフを口にする。
生で聞くとどうしても"紙面上創作物"が頭をチラついていけない。


「立海はアクの強い部員が多くて大変だろう」

「みんな可愛くていい子だよ」


男子高校生はみんな平等に可愛くて素直ないい子だ。滝はもう一度「やるねー」と呟いてからゴールに近づいてきた第一陣に意識を向けた。



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洗濯物の多さに一時は驚いたが、流石は跡部財閥所有の合宿所。ランドリーには最新のものであろう大きなドラム式洗濯機が並んでいて、乾燥機と一体型であることに感動する。


(次はシャツ類か……)


運動部はよく汗を掻くらしく、Tシャツを一日に何枚も着替える部員が多い。二泊三日と言えどそう何枚も替えのシャツを持ってくる訳にはいかないので、それらの洗濯もマネージャーの仕事だ。

脱いだシャツ類が入っているであろう洗濯籠を取るため更衣室へ向かうと、バッタリと出会ったのは青学の海堂薫。


「っス」

「海堂、だったよね。バンダナは洗濯しなくて平気?」

「……いいんスか?」

「もちろん」


念のために、名前は今日覚えたばかりでうろ覚えです作戦を決行する。

本来なら名前が入っていない私物は洗濯しない決まりになっているが、彼のバンダナは分かりやすいのでついでに洗濯してあげよう。自分でやるつもりだったようだが、大人のお節介である。


「遠慮せずにどんどん出してね」

「っス」


相変わらず無口だなぁ、なんて思いながら差し出されたばかりの濡れたバンダナを見遣る。こんなに汗をかいていてドリンクは足りるのだろうか、と不安になってしまう。
追加のウォータージャグを用意する事を決意し洗濯の続きに勤しんだ。



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洗濯機は乾燥を終えるまで入れっぱなしでいいし、タオルとウォータージャグも定期的に新しいものと交換すればいい、となるといよいよ手持ち無沙汰になってきた。

午後からはスコア付けやボール拾いの作業が加わるのでこんなことも言っていられないが、何か仕事はないものかとグラウンドに入った時だった。


「英二!」「岳人!」


グラウンド内に大石と忍足の声が響く。声のする方へ向かうと菊丸と向日が倒れていて、何事かと聞けばアクロバットの張り合いをしていてぶつかって共倒れ、と。

ああ神様、手持ち無沙汰だなんて言って申し訳ありません、怪我をさせてまで仕事を増やしてほしくはなかったです。神様に文句。


「立てる?生きてる?」

「……にゃにゃ、」

「勝手に、殺すな……」


二人の傍にしゃがみ込むと聞こえてくる唸り声。意識はあるようだ。生きていて良かった。
救急箱を取りに行くまでの間に患部を洗うよう大石に伝えてから走り出す。

急いで戻れば二人仲良くベンチへ腰掛けてジッとしてくれていた。


「お待たせ」

「マネちゃん!早く手当てしてしてー!」

「くそくそおせーよ!」


アクロバット組が可愛らしくてつい頬が緩みそうになるが彼らは怪我人、不謹慎なのでぐっと(こら)える。危なかった。
二人とも擦り傷程度だがまだ出血がある。しかし患部はしっかりと洗われていて、大石に頼んで正解だったなと思う。


「菊丸の方が出血が酷いから、向日は少し待っててね」

「優しくしてにゃ〜」


向日は早くしろよな、といいつつも静かに待ってくれている。ツンデレ系男子高校生と相見(あいまみ)えるのは初めてなので心が躍る。いけないいけない、今は手当に集中だ。


「君は強い子だって聞いたから、消毒液くらい大したことないよね」

「う、……にゃ、痛くないよ!全然平気!」


小さな子供をあやすように優しく消毒液を吹きかけて拭いてやる。やはり滲みるようで痛そうな顔をするのに良心が痛むが、"強い子"の彼は我慢してくれている。
てっきり菊丸の事だから痛みに大騒ぎして大石の名を叫び出すんじゃないかと心配をしていたが杞憂に終わる。


「はいおしまい、よく()えました!」

「えへへ!ありがとねん!」


手当を終えれば大石のところへ駆け出していく。可愛いなと見送ってから、次は向日の番。


「向日はこういうの平気そうだね」

「菊丸と一緒にすんじゃねー」

「はいはい、滲みるよ」

「っ……!」


菊丸よりかはほんの少し大人なのか、文句はいいつつも無言で()えてくれる。応急手当の方法をしっかり聞いておいてよかったな、といない柳に感謝しつつ向日への処置も終える。


「菊丸に言い忘れたけど、お風呂の時にガーゼ取り替えてね」

「ん」


向日はそれはそれはもう小さな声でさんきゅ、と言ってグラウンドの奥の方へ走って行った。高二にしては可愛すぎる二人に心の中で微笑んだ。


向日は遅めの思春期迎えてそうという妄想
20190518 お肉