合宿編03



ランドリーで洗濯・乾燥が終わったタオルを畳んでいる時だった。
誰かが入ってくる気配がするが、この合宿所はセキュリティもしっかりしているので不審者ではないと踏んで作業を続ける。
そして背後に近付いてくる足音。


「苗字さん、頑張っとるみたいやな」


エロティックな声に振り返る。


「忍足、何かあった?」

「休憩なって暇してんねん」

「作業しながらで良ければ話し相手くらいはするよ」


正直面倒臭いが、メンタル面のサポートもマネージャーの仕事だ。洗濯物に視線を戻し作業を再開する。忍足は私の斜め前のベンチに腰掛け問う。


「自分何モンなん?」


仁王にも同じ事を言われたのを思い出し、思わず笑いそうになる。彼が立海のキレ者なら、氷帝のキレ者は忍足だな。


「それこの前仁王にも言われた」

「ほんで、なんて答えたん?」

「立海大附属高等学校二年C組苗字名前、性別は女、先週の月曜から転入して――」

「あーあかんあかん、もうええわ」

「っ、ふふっ、あははっ!」


寸分の狂いもなく同じタイミングで遮られたので今度こそ笑いを(こら)え切れなかった。
彼は突然笑い出した私を怪訝そうに見つめるが、それに構わず一頻り笑う。仁王と忍足はかなり気が合いそうだな。


「いやぁごめんね、遮るタイミングまでバッチリだったから面白くなっちゃった」

「壊れたん思たわ。落ち着いたん?」

「お陰様で」


しかし笑い過ぎたな、と反省してから止めていた手を動かす。
多分だけれど、忍足は無心状態かと思う。何を考えているのか全く読めず、今なぜ目の前にいるのか分からない。暇していると言うのが何かの口実である事だけは理解できた。探りに来たのかな。


「それで本題は?」

「なんや気付いとったん」


さして驚きもせずに本題に入る。
聞けば先の菊丸と向日の応急手当の現場を何処からか見ていたそうで、彼等の扱いに酷く感心したとか。猛獣使いでもやっていたのかと聞かれたのが少し面白かった。流石関西人、ボケは欠かさない。


「立海さんらも自分の事えらい気に入っとるみたいやし」

「懐かれちゃったみたい」

「どうやって取り入ったん?」


そう聞かれ考え込む。
取り入ったというのは何か釈然としない。腑に落ちない。もっと、こう。なんというか。
悩んでも正解に辿り着かなくて作業の手が止まる。忍足は私の答えを今か今かと待っている。
そして聞こえる一つの足音。


「俺達が取り入った、が正解かな」


聞き慣れた声にハッと振り向けばアルカイックスマイルを(ひっさ)げた幸村がいた。
忍足も気配を感じ取れなかったのか少し驚いた様子で、いつから聞いてたかを問う。


「苗字さんの笑い声が聞こえたから」


来ちゃった、と可愛く言う。
どこの彼女だよ、とツッコミたくなる気持ちを必死で押さえ込んだ。


「彼女の事は悪く思わないでほしい」

「えらい信頼してるやん」

「他の子達とは違う。忍足だって少し話したんだ、分かるだろう?」


まるで幸村が私の事を庇っているかの言い方が気になる。別に私は忍足に苛められた訳ではないし、彼の暇潰しに応えていただけだ。確かにほんの少しだけ棘があるのは事実だけれども。
幸村の瞳にはいつか見たような威圧感が漏れ出ていて、不穏な空気が辺りを漂い始める。
これはフォローしなくては。


「忍足に悪意は無かったと思うよ」

「君は暗に疑われている、それくらいは気付いているだろ?」

「見知らぬ人間を警戒するのは普通だよ」

「苗字さんは優しすぎるのが欠点だね」


ふむ、これはどうしたものか。
そういえば幸村は聞き分けが悪かったな、と思い出す。もうこうなれば彼が納得するまでとことんだ。子供を正すのが大人の仕事。
未だ威圧し続けている幸村に、背筋を伸ばしてから問う。


「幸村、君はこの合宿へ何しに来たの?不和を生むためじゃないでしょう?」

「……頑固な所も欠点かな」

「その威圧感はコートの中だけにしましょうね」

「ハア、……分かったよもう降参。忍足も悪かったね」

「分かればよろしい。いい子の君にはお昼の御菜(おかず)を分けてあげよう」


毒気を抜かれたような顔をした幸村は、もうすぐ休憩終わるからね、と言い残しランドリーから去っていった。
一件落着。


「巻き込んでごめんね」

「え、ん、ああ……構へんで」


置いてけぼりにしていた忍足に謝罪すると、ハッと我に返る。
そして私を見つめ一言。


「自分やっぱ猛獣使いやん」


大阪弁が行方不明で本場の方には深くお詫びしたい
20190519 お肉