合宿編05



(side忍足)


水曜日の部活中。

今週末は跡部主催の合同合宿があるせいで、その当の跡部は忙しくしていた。跡部の代は副部長を設けていないせいで、部長経験のある日吉と、何故か俺まで手伝わされている。

正直面倒なんは嫌や。
部室で跡部から任されていた参加者リストに不備がない事をチェックしていた時だった。部室の扉がガチャリと開く。


「忍足、いるか」

「おるでー。参加者三十一人、記載事項に不備はなさそやで」

「そこに一名追加だ」


そういえばルドルフの参加者が少ないと思い出す。
ここに誰か追加されるのだろう。木更津か柳沢あたりが有力候補だろうか。


「ルドルフかいな」

「違ぇ、立海のマネージャーだ」


思わずは?と言いそうになる。
確かにマネージャーは選手兼マネの観月を含めた三人しかいなく、観月が練習に参加するとなれば滝と竜崎さんの二人で回す事になる。

それでもいくら何でも急すぎやしないだろうか。立海は規則に厳しい筈で、こんな直前になってから人員追加なんてらしくもない。
跡部も納得がいかなそうだ。


「なんや納得してへん顔やな」

「そいつが女なんだよ」

「女?幸村に騙されてるんと違う?」


立海がマネージャー、しかも女を連れてくるなんてあるわけがない。その手の仕事は氷帝(うち)と同じで平部員にやらせていた筈だ。

跡部は尚も納得してない顔のまま、こいつだ、と追加資料を寄越し退出していった。


(苗字名前……って最近鳳が騒いでるやつやん)


名前に見覚えがある。
ここ何日か、毎日鳳が話題に出している人物。曰く、不思議な女性、だとか。立海が連れて来るのだから不思議どころの騒ぎじゃない。



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あの後何度も鳳に探りを入れたが、返ってくるのはどれも抽象的な言葉ばかり。不思議だとか珍しいだとか大人っぽいだとか、そんな事を聞きたいわけじゃない。

結局合宿当日になっても、彼女に関する詳しい情報は一つも得られなかった。


「名前先輩は後輩好きっスか?!」


開会式までブラブラと歩いていたら立海の切原の声が聞こえた。どうやら(くだん)の女も一緒にいるらしいので、これ幸いと近づいていく。


「なんや立海がマネ連れてくるっちゅう話はほんまだったんかいな」


参加者リストを纏めていたのは紛れもなく俺だが、さも知らぬフリをする。そのまま切原と軽く言葉を交わすがかなり不機嫌そうだ。
なんや、この女の事気に入ってるん?

良く良く見てもその辺にいそうなただの女子高生にしか見えない。見た目も普通、色仕掛けでは無さそうだ。となれば中身が気になってくる。"不思議"がどう不思議なのか調べなくてはいけないだろう。

しかしこいつは俺が疑っている事に気付いている様だった。さっきから表情を硬くしたまま沈黙しているのが何よりの証拠だ。
なるほど、中々侮れへん。


「そないに警戒せんといて。えらい別嬪さんや思て、挨拶しにきただけや」

「はあ、どうも」


思ってもいない事を言うが、それに大して気にもしていないように雑な返事が返ってくる。別嬪さんという言葉に対して表情一つ崩さないとはいやはや恐れ入る。

不機嫌そうなままの切原は俺に釘を刺し苗字さんを連れ去って行く。誰がこんな得体の知れへん女に手出すか、と心の中で文句を言う。
去り際に軽く会釈までかましてきて、その余裕そうな態度に余計ムカついた。



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彼女への認識が変わったのは、岳人と菊丸が怪我をした時だった。慌てる様子もなく大石にしっかりと指示を出し、手際の良い応急手当に素直に感心した。マネとしてはそこそこ出来るやつらしい。

何よりもお調子者で騒がしいあの二人を上手く扱っている事に驚いた。初対面の女に対してあんなに大人しくしてる岳人は初めて見たし、今まで消毒液一つで騒いでいた菊丸がその痛みに()えている。
猛獣使いか?

その後暫くして、彼女がいるであろうランドリーへと足を運ぶ。
態とらしく音を立てて入室するが、そのままタオルを畳み続けているので俺から声を掛けた。


「苗字さん、頑張っとるみたいやな」

「忍足、何かあった?」

「休憩なって暇してんねん」


驚きもせずに振り向いて淡々と返してくるので、やはり足音には気付いていたらしい。食えない女だ。
嫌がる素振りも見せず、話し相手にはなる、と作業を再開させるので、彼女の表情が見える位置に移動しベンチへ腰掛け問うた。


「自分何モンなん?」

「それこの前仁王にも言われた」


仁王なら聞いていそうだ、と思う。
こんな何処にでもいそうな女が、周りの奴等を上手く取り扱っているのだ。正直に言えば、そんな彼女が少し怖いというのが本音だ。

この質問が二度目なら、一度目になんと答えたのか気になる。そう聞けば、全く想像もしていなかった自己紹介が始まり慌てて止める。


「っ、ふふっ、あははっ!」


何が彼女のツボに入ったのか、突然笑い出すので俺とした事が珍しく困惑してしまった。が、どうやら遮ったタイミングまでもが仁王と同じだったらしく、それが面白くなったそうな。
そうして笑い終えたので、少しの冗談を挟みつつ話を再開させる。先の困惑がバレないように、無心で。


「それで本題は?」


本当に食えない女だと思った。
俺がここへ来た目的を最初から分かっていたような口振りで、表情も変えずに催促してくる。いよいよ本当に、何者なのかが分からない。

先の応急手当の話でヨイショした後、素直にどうやって立海に取り入ったのか聞けば今度は沈黙する。彼女が何を考えているのか全く分からなかった。
どんな答えが返ってくるのかも想像できず、真剣に彼女の言葉を待っていた、そんな時。


「俺達が取り入った、が正解かな」

「……自分いつから聞いてたん?」


突然現れた幸村に少し驚いた。俺らしくもない。
いつから聞いていたか尋ねれば、苗字さんの笑い声が聞こえてきたから来てしまった、と。やはり彼女は随分と愛されている様子。

しかし取り入ったのは幸村達だと言う。どういう事だ。そのまま幸村は苗字さんを庇うように俺との間に入ってくる。信頼しすぎのそれに少しの不安を覚えた。


「他の子達とは違う。忍足だって少し話したんだ、分かるだろう?」


悪い奴じゃない、他の女と違う、というのは分かる。しかしそれでも信頼に値するかは分からなかった。

すると今度は俺達の会話を割るようにして苗字さんが俺を庇う。悪意は無さそうだとか警戒するのは普通だとか。
ここで幸村に助けを請いでもすればその程度の女だったのに。俺達の揉め事は許さないとでも言いたげなその態度が俺の考えを改めさせた。

女マネなんて言われた仕事だけこなして、隙さえあれば俺達に色目を使うもんだと思っていた。ところが彼女からそんな空気は一切感じられず、寧ろ与えられた以上の仕事をこなそうとしているようにも思える。俺達のメンタル面にまで気を使っているのが何よりの証拠だ。


「もうすぐ休憩終わるからね」


彼女に諭された幸村はそう言い残し去って行った。
あの幸村が、神の子と恐れられた幸村が、一人の女マネに言いくるめられたのだ。しかも御菜(おかず)をご褒美に。
全然理解出来ひん。


「巻き込んでごめんね」

「え、ん、ああ……構へんで」


更には俺に謝る始末。
この女、出来すぎちゃう?


「自分やっぱ猛獣使いやん」


ネタとして使っていた言葉の筈のそれが妙にしっくり来た。



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お昼休憩は苗字さんと昼食をとれるよう跡部に頼み込んだ。跡部も彼女の事を気にしているようだから丁度いい。

食事を初めてから暫く談笑していたら、彼女と目が合う。


「なんやそないに見つめて、俺の事好きになってもうたん?」


隣で岳人が喚く。
冗談に決まってるやろ、そう言おうとした時だった。関わるのをやめるべき、という性質(タチ)の悪い彼女の冗談に驚いた。
全く彼女は、どんな返事をしてくるのか未だに読めない。だから少し楽しかった。

ちょっとは心配してくれるだろうか、なんて落ち込んだフリを続けていれば感心したような跡部の声。その眼力(インサイト)で、俺がフリをしてるっていうのはバレている筈だ。


「跡部、彼は態と黙っているようだよ」


ああもう堪忍してや。
何から何までお見通しなのか。怖いという気持ちと、なんだかワクワクとした気持ちがぶつかり合っていた。
普段からミステリアスだのクールだの言われている俺の良き理解者になってくれるんじゃないか、彼女なら或いは、なんて。


「あかんバレてもうてる」


この頃にはもう、疑う気持ちなんて残ってはいなかった。


大阪弁マスター助けて
20190519 お肉