合宿編06




「多対一、なんてどうでしょう……」


期待に満ちた視線は、何を言っているんだ、という物に変わる。
そういえばこの世界の元となった作品の続編で、多対少ゲームをしていたなと思い出したのだ。この反応を見るに、この世界とその続編は関係ないらしい。やはりパラレルだ。


「あの、名前さん……」


おずおずと手を挙げる長太郎。


「それってつまり、全員コートに入るって事ですか?」

「そうよ」


集まっていた視線は散らばり、各々が考え込みだした。
普段の練習内容が嫌だと言っていたのは君達じゃないか、私に話題を振ったのだから責任は持ってもらおう。言わせるだけ言わせて、やっぱり重りを付けるだけ、なんてのは無しだ。

幸村は事の成り行きを黙って見つめているから、後は私の押しが足りていないだけだ。


「多サイドは空気の読み合いやコースの見極めが、一サイドは動体視力や判断力が鍛えられると思うの」


理由付けは上手くできたと思う。
幸村は腕を組み小さく頷く。


「ゲーム内容は?」

「多サイドが5ポイント取るまで」

「サービスは?」

「もちろん一サイド」

「振り分けはどうする?」

「今朝の測定で体力のない順に」


幸村からの質問攻めに何とか答え切ると、他のメンバー達はやってみようという雰囲気になる。

正直多対一なんて普通の人間がこなせるメニューだとは思っていないが、超次元テニスを魅せる彼等なら出来ると思った。なんせ我がリーダー様は五感を奪うレベルだ。


「うん、合格」

「立海のマネージャーは考えてる事が違うなぁ」

「何でもいいんで早く始めましょうよ」


合格発言から察するに、試されていたようだ。全くお人が悪い。
河村がぼんやりと呟くと、それまで静観していた不二裕太が急かす様に言う。どんな練習でもやってやる、という強い意志を感じた。


「多サイドはダブルスコートを、一サイドはシングルスコートを使おう!」

「多サイドの5ポイント先取、制限時間は15分のローテで行くよ。最初の餌食は裕太くんだ」

「やった〜!丸井くんと同チーム!」

「ジロ君足引っ張んなよぃ」


大石がコート範囲を指定し、それに続く様に幸村がルール確認と共に不二を指名する。指名された彼はさっきまでやる気に満ち溢れていたが今は少し緊張している様子。

それはそうだろう、これから到底テニスとは呼べない未知なる練習が待ち受けているのだから。



▼▲▼





あれから2時間半程経った頃、最初こそ多チームが5ポイントを取って交代していたが、今はすっかり制限時間いっぱいまで粘ることが増えた。

一年生二人はスタミナ不足により苦しそうに、対して丸井と芥川は楽しそうにしている。ボレーの練習にもなっているのだったら幸い。


「少し休憩しようか」


河村が制限時間を耐え切ったところで幸村が休憩の合図を取った。
各々が思い思いに休息を取っている隙に、私はボール拾いとコート整備に入る。ネットの(たゆ)みを確認していると、不二が此方に歩いてくるのが見えた。


「何か足りてない物あった?」

「ああ、いや、違います」


歯切れが悪そうに頬を掻く。


「練習きつい?」

「正直きついっス。あ、でも、そうじゃなくて……」


何だろう。
男子高校生が何を考えているのかはいつも通り分からないが、こういう反応は初めてだった。何かを言いたそうだけど、とても言いづらそうな、そんな感じ。


「ちょっとついて来て」


場所を変える事にした。
コート整備も終わっているし、ボールの不足もない。タオルとウォータージャグは新しいのを持ってきたばかりだから、急病人等が出なければ今すぐやらなくてはいけない事もない。

合宿所の事は未だよく分からないので、朝から行き慣れたランドリーへ向かう。来るとしても他のマネージャーだけだから気を使うこともないだろう。
ベンチに二人で腰掛ける。


「不二、何かあった?」

「ああと、その、」


言わなきゃいけないのに、上手く言葉にできない、といった様子。
こういう時は切り出されるまで待っていた方がいいのか、それとも大人としてリードしてあげた方がいいのか……、後者だな。
話しやすい雰囲気作りから始めよう。


「多対一なんてね、自分でも何言ってるんだって思ったのよ」


今回の練習メニューに関して、一番迷惑を被っているのは他でもない不二だろう。今朝の体力テストの結果を見せてもらったが、彼はDチーム内で断トツにスタミナが無いのだ。
それにスタミナ面だけではない、数少ない一年生でもあるから非常にやり辛いだろう。大石や河村こそ不二繋がりだからか優しいが、幸村やボレーヤー組は相手が後輩だろうが気にしない性分である。


「でも皆順応性が高くて驚いちゃった。不二も体力的にキツそうだけど良く食らいついてるね。幸村って後輩にも容赦ないでしょう?」

「あの!」


思った事を適当に並べていたら、ついに意を決したのか不二が口を開いた。


男子高校生が六人も纏まってたらダブルスコートでも狭いと思うの
20190520 お肉