「あの立海が女マネ連れてくるなんて信じられなくて」
「観月さんも用心しておけなんて言うし」
「今まで女マネと言えば竜崎先生の孫くらいしか見た事ねえし」
「仕事はちゃんとしてますけどどんな魂胆だろうって」
あの後不二がまず最初に言ったのは謝罪だった。ベンチから立ち上がり勢い良く頭を下げたので少し驚いたのは秘密だ。
そしてそのまま黙っていたら紡がれたのがこの言い訳の数々。嫌な態度を取ってすみませんした!と再度謝られるが、正直彼から"嫌な態度"なんて一度もされていなかったから、これはどうしようと困惑する。
「不二、気持ちは分かった」
「じゃ、じゃあ、許してくれるんスか」
許すも何も、謝られる様な事は何もないのだ。そのまま思った事をそう伝えれば、それでも気持ちが収まらなかった、と。
「ふふっ、変な子だね」
「それだけじゃないんス!」
私が笑って言えば、まだ何か言いたい事がありそうにする。先程の謝罪とは違い少し嬉しそうな顔をした彼が続ける。
「俺の事、その、不二って……」
ああなるほど、と理解した。
そう言えば紙面上創作物の彼は、"天才・不二周助の弟"に酷くコンプレックスを抱いていたなと思い出す。きっとこのパラレルワールドでもそれは健在なのだろう。
「君は不二でしょう?」
それでも、私がこの二周目の人生で、この世界で出会った"不二"という名は、目の前の彼が初めてなのだ。この合宿には勿論不二周助も参加しているが、彼とはまだ何も会話していない。
それに彼等が兄弟である事なんて、テニスに詳しくなければ知り得る筈がない。だから私は知らないフリをする。
「俺には兄貴がいるんです」
「ほう?」
「兄貴は天才で、何でも出来て、いっつも比べられてるような気がして、」
「そのお兄さんが何でも出来る天才なら、君は努力する天才だね。あのキツい練習を乗り越えようと頑張ってる」
ポツリポツリとコンプレックスを明かす不二の言葉を遮って言った言葉はどれも月並みだ。それでも、目の前にいる男子高校生を救ってやれたら、そんな大層な事を思ってしまったのだ。
メンタル面のサポートだなんて烏滸がましい、ただ私が彼の心を少しでも軽くできたらいいな、と。ただのエゴだ。
「アンタが俺を不二って呼ぶのが、すっげぇ嬉しいんです」
私の気持ちが通じたのか、不二はそう言って照れ臭そうに笑った。
その後は、最初よりも随分雰囲気が柔らかくなった彼と何てことはない話をしながらコートに戻った。名前呼びでもいいと言われたが、何となくそのまま不二と呼ぶ事にした。
▼▲▼
午後練習も終わり、夕食まで自由時間となった。練習を終えた選手達はシャワーを浴びたり着替えたりする時間に当てているのだろう。
私は特にする事もなく、そう言えばと持ってきていた女性向け雑誌を手にして歓談室へと足を運んだ。
ここは座り心地の良さそうなソファーと小さなテーブルが並んでおり、脇には雑誌ラックやドリンクバーが設置してある。本当に合宿所ですかと聞きたくなる。
一番隅のソファーに腰掛け、想像以上の座り心地の良さに感心する。このまま眠ってしまえそうなくらいフカフカのそれを一頻り堪能してから手元の雑誌を開いた。
(最近のティーンズ向け雑誌ってすごいのね)
今年の春メイクはこれで決まり!、体育でも崩れない時短ヘアアレンジ!、街行くイケメン100人に聞いた好みの香水!、……。
カラフルに彩られたポップな見出しと共に、可愛い読者モデルや流行りのアイテムの写真がそこかしこに散りばめられている。ジェネレーションギャップに襲われる。
「へえ〜名前さんもこういうの読むんスね」
肩がビクンと揺れた。
雑誌に集中していたのか、人が近くにいた事に全く気が付かなかった。雑誌を覗き込むようにしてそう言ったのは桃城だった。
「私もただの女子高生だよ」
そう言ったのは、多分桃城ではなく自分に向けてだろう。今はただの女子高生だ。そしてこれからも。
「名前さんあんま女子高生っつー感じしないんスよね」
「私もそう思う」
ギョッとしたがそれを隠すように答えれば、なんスかそれ!と豪快に笑われた。彼等は本当に勘が鋭い。何故未だにバレていないのか不思議なくらいだ。
読んでいた雑誌を閉じてそのまま桃城と雑談をしていたら、奥からゾロゾロと青学メンバーがやってくるのが見えたので、一度自室に帰ってこの雑談を置いてこようと立ち上がる。
「あ!マネちゃん!」
「菊丸、怪我の調子はどう?」
「血も止まってるし超元気だよーん!ブイ!」
歩き出した所で菊丸が飛びついてくる。重い。が、これも男子高校生の戯れだ、と気にしない事にする。寧ろ可愛いし役得だ。
「英二!苗字さんが困ってるから」
「大丈夫だよ大石、ちょっと重たいけどね」
「あり?メンゴメンゴ〜」
雑な謝罪の後、肩にのし掛かった重みがスッと消えた。それと同時に突き刺さる視線。
そちらを見遣ると此方を見つめる乾貞治と目が合った。いや、目が合ったのかどうかはその眼鏡の逆光で確認は出来ないが、確かに合ったのだと思う。
「ふむ、蓮二に聞いていた通りだな」
そう言って手元のノートに何かを書き加えている。柳め、余計な事を言っていたら怒るからな。
「それにしても、苗字さんのお陰で今日の練習はすごく有意義だったよ」
「あれをこなしちゃうんだから、大石達って本当にすごいよね」
どんな練習か気になったのか、乾と菊丸が楽しそうに聞いてくるが、その場を大石に任せてそそくさと自室へ戻る。こういうの押し付けてばかりでごめんね、と心の中で大石に謝った。
立海の出番はもう少し先
20190520 お肉