合宿編09




「はい幸村」

「ふふっ、ありがとう」


忘れない内にご褒美(おかず)を分けると丸井から文句が飛んでくるが今は無視だ。
豪華な夕食に舌鼓をうち顔を綻ばせる。昼食よりも少し量の多いそれに、食べ切れるか心配になってから思い出す。


「そういえば朝の賭けだけど、私には量が多いんだよね」


そう零せば賭けに参加した面々が、それじゃあ何をあげようか、なんて思案する。真田だけはそうではないらしく声を荒げた。


「待て、賭けとはなんだ!」

「弦一郎は気にするな」

「やーぎゅ」

「仁王君もどうかお気になさらず」


朝の勝負が賭けだったと知らない真田は文句を言い、それに乗っかる様に仁王も気にしているようだったが、賭けたメンバーがそれぞれ有無を言わせぬ雰囲気を纏うのでそれ以上は誰も追及して来なかった。幸村はアルカイックスマイルで威圧しているだけだが、彼のそれが一番効果があったのだろう。


「しっかし昼間のアレなんだよぃ」

「そっスよ!なんで氷帝んとこ行っちゃうんスか〜」

「なんでだろう……」

「ははっお前が悩むのかよ」


チーム青春は相変わらず青春だ。
合宿が始まってまだ一日目なのに、随分懐かしいように感じるのは何故だろう。


「みんなは、合宿楽しい?」


私の問いに、立海メンバーが集まるテーブルだけシンと静まり返る。


「え、なにこの空気」


()え切れずそう言うが、それでも皆は黙ったままだ。
楽しくないのだろうか、それとも何か答えを探してくれているのだろうか。こんなに悩ませる質問だったら言わなきゃ良かったな、と何気なく聞いたそれに後悔し始めた頃だった。


「楽しいよ、とっても」


静まり返った空気に、幸村の声だけが響く。そうして固まっていた彼等もやっと息が吸えたかのような顔をして、食事を再開した。



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お風呂を済ませた後、すぐに寝る気にはなれず合宿所内をウロウロと歩いていると、近くの部屋から各部長達が出てくるところに出くわした。


「アーン?こんな所で何をしてる」

「探検。そっちは?」

「部長ミーティングだよ」

「苗字さんだったよな?あんまりフラフラして迷子になるんじゃねーぞ」


ここは他の皆が寝泊まりしている部屋から随分離れている場所だ。そんなに人目を気にする必要があったのに、自分がここに来てしまった事に罪悪感を覚えた。それに気遣うように赤澤が明るく言ってくれたので、本人が気付いていなくともその罪悪感を少し誤魔化せた。彼にはいい奴ポイントを差し上げよう。


「赤澤はいい奴だね」

「ははっだろう?」

「俺様を差し置いて何言ってやがんだ」


そのまま暫くワイワイと話すが、手塚の眉間の皺が段々と深くなっている事に気がつき、慌てて会話を終わらせる。


「じゃあ、私はもうちょっとだけ探検してから戻るね」

「ああ、油断せずにな」


ヒラヒラと手を振って、急ぎ足で立ち去った。
油断せずに、という手塚の言葉がなんだか擽ったい。どうしても紙面上創作物がチラつくが、それでも生身の彼等から聞き覚えのあるセリフを聞くのが嬉しかった。子供の成長を喜ぶ親のような気持ちだ。



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そのまま探検していると、歓談室とは違うこじんまりとした休憩スペースを見つける。一人掛けのソファーが幾つかあるだけだったが、秘密基地を見つけたようなワクワク感を覚えた。


「楽しそうだね」

「っ!、びっくりした」


一人掛けのソファーに腰掛けようと一歩踏み出した時だった。もう随分と耳に馴染んだ中性的な声に身体が飛び跳ねる。


「ふふっそんなに驚かなくても」

「幸村、いつからいたの」

「最初から」


心臓が止まるかと思った、そう伝えればクスクスと笑う。どうやら部長達と鉢合わせた後探検を再開した時から付いてきていたらしい。

全然気がつかなかった、警戒心が無さ過ぎだよ、教えてくれたっていいのに、君が楽しそうにしていたから。そんな会話をしながら、見つけたばかりの秘密基地でのんびりとした空気を楽しむ。


「そういえばさっきの何?」

「さっき?」

「夕食の時のアレ。私もしかしてまずい事言っちゃった?」


ああアレね、と幸村が微笑む。
誤魔化されたままだったのが気になるし、唯一あの空気を壊してくれた幸村になら聞いてもいいと思った。


「皆驚いてたんだよ」

「それだけであんな空気になる?」

「まさか苗字さんが楽しいかだなんて聞くとは思わなかったんだ」


曰く、無理やり嫌々連れてくる事になった私が楽しいかと聞いた事に、どんな意図があったのか計り兼ねていたそうな。
つまり、悪い方向に曲解したと。


「皆が楽しんでたらいいなって思ってただけなのに!ひどーい」


私をこんな所まで連れて来ておいて、貴様らは随分楽しんでいるようだな。
そんな風に聞こえたらしい。
ひどーい、だなんて棒読みで言ってはみたが、やっぱりちょっと酷すぎやしないか。どれだけ信用ないんだ私。ないのか。


「今は来て良かったって、少しだけ思ってるよ。少しだけね」

「素直じゃないなぁ」

「少し!だってこんなにたくさんの男子高校生に囲まれてたらどうにかなりそうだもの」


どうにかなりそうだ。
ただでさえ顔が整っている彼等が、際限なく可愛いを見せつけてくるのだ。今日一日を振り返ってみても、危ないシーンがたくさんあった。いつか未成年淫行を引き起こしそうな自分が怖い。というかそもそも同じ空気を吸っているのすら怖い。捕まりそう。


「それ、本当?」


心底驚いたとでも言いたそうに幸村の目が見開かれる。こんな時ですら、まつ毛がフサフサだな、ヘーゼルの瞳が綺麗だな、とか考えてしまうんだ。
どうにかなりそうじゃない、もうどうにかなっているに違いない。


「苗字さんって俺達なんか眼中にないんだと思ってた」

「そうね」

「そこは否定してほしいなぁ」

「眼中にあったら困るのは君達だよ」


眼中にない、だとまるで私が選ぶ立場にあるような言い方になってしまう。私は未成年を相手にしない、できないだけである。
でもやっぱり私達は男と女である以前に、大人と子供なのだよな。


「まあそれが居心地良かったりするんだけどね」

「でしょう?」

「でもさ」


少しくらい男として見てよ、そう言って真面目な顔で真っ直ぐ此方を見つめてくる幸村に、今度こそ本当にどうにかなってしまいそうだった。


モテたい年頃の幸村
20190521 お肉