「少しくらい男として見てよ」
彼の放った言葉を正確に理解するのに数秒を要した。そうしてたっぷりと時間をかけてから口を開く。
「男子高校生として見てるよ」
「そうじゃなくてさ」
徐にソファーから立ち上がった幸村は、私の眼の前に立つ。その所作すら美しく見入っていると、私の手首を静かに取って、そして引いた。
当然引かれて立ち上がる。
「ん?」
そして気付けば視界は彼でいっぱいになる。抱き締められているという事実に気付いたのは、視界に入る彼の喉仏が小さく揺れた時だった。
「こんな時まで冷静?」
「幸村、何してるの」
相手は男子高校生、相手は男子高校生、と心の中で繰り返し唱える。冷静なのではなく何が起きたか分からなかったのだ。
そしてこれは未成年淫行になるのかならないのか、そんなどうでもいい事ばかり考える。もう男子高校生の言動は分からなくていいかもしれない、幸村から仄かに香るシャボンの香りが思考を麻痺させた。
「あーあ、自信無くなりそう」
「仁王と同じ事を言うのね」
あ、と思った時には遅かった。
彼は分かりやすくムッとした後、抱き締める力を強くして私の首筋に顔を埋める。臨時マネージャーを頼まれたあの日も、丸井と繋がれた手に同じようにむくれていたな、なんてぼんやりと思い出した。
「幸村擽ったい」
「……仁王に何されたのさ」
小さな声でそう零す。
幸村の不貞腐れモードが始まった。神の子は自分の思い通りにならないとすぐこれだ。そこが可愛くて愛おしい。抱いた愛しさのまま頭を撫でてやれば、その藍色の髪は想像以上に柔らかく、指に絡めたりなどして遊ぶ。
「俺苗字さんには一生勝てない気がする」
「テニスでなら勝てるでしょ」
「五感奪ってもいい?」
恐ろしい事を言っていたが聞かなかったことにする。可愛らしいトーンで言うのはやめてほしい。思わずいいよ、なんて言いそうになってしまうのだから。
「さ、もう戻ろうね」
「やだ。もうちょっとこのまま」
「はいはい」
私は男子高校生の"ヤダ"に弱いのである。幸村はもう随分私への扱いに慣れていて、どうすれば我儘を聞いてくれるかは心得ているのだ。
暫くそうして大人しく抱かれていれば、満足したのか私の手を引いてご機嫌そうに歩き出す。女性陣は寝泊まりするフロアが違うのでエレベーターでお別れだ。
「ねえ、俺もう少し頑張ってみることにするよ」
「?諦めないのは良い事だよ」
「覚悟は出来てるんだね」
「私を巻き込まなければなんでもいいよ。それじゃあおやすみ」
私だけエレベーターに乗り込み手を振れば、幸村も「おやすみ」と手を振ってくれる。そんな当たり前の事なのになんだか心が温かくなってきて、緩む顔を見られないように急いでエレベーターの扉を閉めた。
(誰かとおやすみの挨拶をするなんて久しぶりだったな……)
鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス、な男子高校生幸村
20190522 お肉