合宿編10




「少しくらい男として見てよ」


彼の放った言葉を正確に理解するのに数秒を要した。そうしてたっぷりと時間をかけてから口を開く。


「男子高校生として見てるよ」

「そうじゃなくてさ」


徐にソファーから立ち上がった幸村は、私の眼の前に立つ。その所作すら美しく見入っていると、私の手首を静かに取って、そして引いた。
当然引かれて立ち上がる。


「ん?」


そして気付けば視界は彼でいっぱいになる。抱き締められているという事実に気付いたのは、視界に入る彼の喉仏が小さく揺れた時だった。


「こんな時まで冷静?」

「幸村、何してるの」


相手は男子高校生、相手は男子高校生、と心の中で繰り返し唱える。冷静なのではなく何が起きたか分からなかったのだ。
そしてこれは未成年淫行になるのかならないのか、そんなどうでもいい事ばかり考える。もう男子高校生の言動は分からなくていいかもしれない、幸村から仄かに香るシャボンの香りが思考を麻痺させた。


「あーあ、自信無くなりそう」

「仁王と同じ事を言うのね」


あ、と思った時には遅かった。
彼は分かりやすくムッとした後、抱き締める力を強くして私の首筋に顔を埋める。臨時マネージャーを頼まれたあの日も、丸井と繋がれた手に同じようにむくれていたな、なんてぼんやりと思い出した。


「幸村擽ったい」

「……仁王に何されたのさ」


小さな声でそう零す。
幸村の不貞腐れモードが始まった。神の子は自分の思い通りにならないとすぐこれだ。そこが可愛くて愛おしい。抱いた愛しさのまま頭を撫でてやれば、その藍色の髪は想像以上に柔らかく、指に絡めたりなどして遊ぶ。


「俺苗字さんには一生勝てない気がする」

「テニスでなら勝てるでしょ」

「五感奪ってもいい?」


恐ろしい事を言っていたが聞かなかったことにする。可愛らしいトーンで言うのはやめてほしい。思わずいいよ、なんて言いそうになってしまうのだから。


「さ、もう戻ろうね」

「やだ。もうちょっとこのまま」

「はいはい」


私は男子高校生の"ヤダ"に弱いのである。幸村はもう随分私への扱いに慣れていて、どうすれば我儘を聞いてくれるかは心得ているのだ。

暫くそうして大人しく抱かれていれば、満足したのか私の手を引いてご機嫌そうに歩き出す。女性陣は寝泊まりするフロアが違うのでエレベーターでお別れだ。


「ねえ、俺もう少し頑張ってみることにするよ」

「?諦めないのは良い事だよ」

「覚悟は出来てるんだね」

「私を巻き込まなければなんでもいいよ。それじゃあおやすみ」


私だけエレベーターに乗り込み手を振れば、幸村も「おやすみ」と手を振ってくれる。そんな当たり前の事なのになんだか心が温かくなってきて、緩む顔を見られないように急いでエレベーターの扉を閉めた。


(誰かとおやすみの挨拶をするなんて久しぶりだったな……)


鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス、な男子高校生幸村
20190522 お肉