コットンシャツとスキニージーンズに着替えて、顔を洗って髪もどうにかしようかな、と洗面台に立つ。ピカピカに磨き上げられた鏡に綺麗だな、なんて思う。そして違和感。
「……?私だけど、私じゃないような、?」
そのまま鏡ごしの自分を見つめてペタペタと顔を触る。なんか心なしか触り心地も……、そしてハッとする。そういえば"新しい人生"では高校二年生なのだと。
(なるほど、都合よく若返ったわけだな)
見る人によっては可愛いし、見る人によっては不細工、賛否両論で二十数年間付き合ってきたこの顔、つまり可もなく不可もないTHE普通の顔。
若返ったお陰か肌はいくらか瑞々しいし、色素沈着もない。それに少し気を良くして、洗面台に隣接したドレッサールームで軽く化粧を施した。
化粧品やヘアアイロンも愛用の物ばかり。夢のちからってすげー!とポケットなモンスターのセリフを改変してお借りした。
▼▲▼
この辺りは住宅地のようだがコンビニまでは歩いて1分もしない距離で、更にもう少し行けば23時までやっているスーパーもあるらしい、とスマートフォンの地図アプリ片手に近所の地理を叩き込む。
立海までの道のりも単純だし、散策はここらで切り上げて今日の晩ご飯とお菓子でも買おうとコンビニへ入店。
コンビニもその品揃えも、"夢の外"と全く同じで、夢の中なのに妙にリアルで少し笑える。何を食べようかなとサラダコーナーを眺めていると馴染みのある入店サイン音と共にガヤガヤと男子学生たちの声。お店の中なんだから静かにしなさい、と心の中で悪態。
でもなんだか、その男子学生たちの声が妙に耳に馴染む。どこかで確実に聞いたことがあるし、しかもいい声だ。そして嫌な予感。
「ええ〜!丸井先輩奢ってくれるって言ってたじゃないスか!」
「奢る奢る、ジャッカルが」
「俺かよ!」
視界の端に入る黒いモジャモジャ。ああ、これは。
そして差出人不明の手紙を思い出すのである、ここは私の良く知る世界であるのだと。なるほど、そうですか、超次元テニスのアレですか、なるほどなるほど。
そしてもう一つ思い出すのである、私が明日から転入する学校は……。
「立海……」
「あ?」
しまった、思わず声に出してしまった。そう思った時には遅く、その黒いモジャモジャが近づいてくる。
「アンタ、今立海って言った?」
どうしようどうしよう、まるでチンピラに絡まれる時のような、そんな焦り。それでも顔に出なかったのは"夢だから"。魔法の言葉である。
「ああごめん、君たちが着ている制服」
「ああ?だったらなんだよ」
「おい赤也、なに突っかかってんだよぃ」
「すいませんうちの後輩が」
咄嗟にでた言い訳がバレているのか、尚もこの黒いモジャモジャもとい"切原赤也"は喧嘩腰チンピラスタイルのまま。不穏な空気に気がついたのか"丸井ブン太"と"ジャッカル桑原"が仲裁に入る。
まだ喧嘩には至ってないが、初対面なのにこうも突っかかってこられるといい気分はしない。しかし、私は大人だ。すいませんすいませんと頭を下げるジャッカル桑原に大丈夫、と苦笑い。
「ごめんね、私も明日から立海に通うからつい反応しちゃった」
「……は?」
「そういえば柳がそんな事言ってた気ぃする」
転入生だと分かった途端切原赤也はマジすんませんした!とペコペコ頭を下げ、あんまり長居すると店員さんに悪いから、とそれぞれ会計を済ませコンビニを出たところで再度謝られた。
「最近他校の女もうるさくて、ほんとすんませんした!」
「私も悪かったから気にしないで」
尚も謝り続ける彼にそろそろうんざりしてきたところで、帰ろうと歩き出すと後ろから丸井ブン太の声。もう帰んの?と言われても、そろそろ20時回りそうだし。
▼▲▼
結局丸井ブン太と切原赤也の押しに負け、コンビニの駐車場に場所を変えお話をしている。コンビニにたむろするってこういう感じか、なんて少しワクワクしているのは秘密だ。ジャッカル桑原が付き合わせて悪い、なんて言う。彼は想像通りめちゃくちゃいい奴だ。
ちなみに、既に自己紹介も済んでいるし、明日から2-Cに通うという情報は伝えある。
「それにしてもゴールデンウィーク明けたばっかで転校なんて珍しいスね」
「親類の都合でね」
「転勤族ってヤツか?」
「近からず遠からず、かな」
「ふーん」
曖昧な答えに納得していないのか、丸井ブン太は不満そうにガムをプクッと膨らませた。
親類の都合、これは本当である。今は紙くずとなった例の手紙の下にあったのは、私の戸籍謄本やら健康保険証やらのコピーだった。どうやら両親は海外にいるらしく、私は一人でこの地に越してきた。という設定だ。
寝室の金庫の中には自分名義の通帳と印鑑類、思わず目玉が飛び出るほどの金額が口座に入っており、それとは別に毎月両親から数十万円の仕送りがある様だった。夢の中の私最強なのでは。
「俺B組だから友達できなかったら遊びきていいぜ」
「あー!それなら俺も一年D組なんで遊び来てくださいッス!」
「優しいのね、ありがとう。桑原は?」
友達、か。社交性はないこともないけど、果たして今時の高校生の会話についていけるだろうか、なんて少しの不安を隠すように笑ってジャッカル桑原に話を振れば、目の前の三人は驚いたような顔をした。
「俺はA組、だけど大体はブン太のところにいる」
ジャッカル桑原は照れているのかはははと笑いながらポリポリと頭をかく。
何が何だかわからないという顔をすれば、ジャッカル桑原はこういう時に会話に入れない、入らないらしいということを聞いた。二人を見守る保護者か。
そうして学校の授業や先生らの愚痴を聞いたところで時刻は20時半を過ぎ、そろそろ帰ろうと立ち上がる。えー!と声を上げる出来たばかりの可愛い後輩を無視して、ヒラヒラと手を振って帰路に着いた。
「なーんか不思議な奴だよなぁ」
丸井ブン太の呟きは、私の耳に届かず夜の空に消えていった。
ジャッカルたくさん会話に入れてあげたい
20190511 お肉