暫く適当に歩いていると、朝のランニングをしている真田や宍戸がいて手を振って挨拶する。頑張り屋さんだなぁ、と暫く彼等を眺めた後、歓談室に移動した。
先客は柳ただ一人。
「おはよう」
「苗字か、おはよう」
読書をしていた柳は本から私へ視線を移す。早いのだな、と言われたがたまたま早く目が覚めてしまっただけだと説明する。
「枕が違うと眠りが浅くなるんだよね」
「跡部に言えばお前に合った寝具を用意してくれるだろう」
「そこまでお世話になる訳にはいかないよ」
彼の言う事は尤もだが、選手でもないただの臨時マネージャーが我儘なんで言えないだろう、と肩を竦める。
「読書の邪魔してごめんね。私はそろそろ――」
「待て」
手にした本に栞を挟み、無言で座れと訴えかけてくるので大人しくそれに従う事にした。
「お前には色々と聞いておかなければならない事がある」
「データ収集の一環?」
「そんなところだ」
何処からかいつものノートとペンを取り出したので、もう逃げられないらしい。仕方がない、質問大会と洒落込みますか。
しかしそう易々とデータを取られてなるものか、人生二周目だとか本当の年齢だとか、知られてはならない事もある。待ったを掛けるように柳の開きかけた口に指を添える。
「はいかいいえで答えられる質問のみ。それ以外は答えない」
「フッ、やはり手強いな」
こうして質問大会が始まった。
▼▲▼
質問と言えども、最初はプロフィールの確認だった。姓名と生年月日はこれで正しいか、身長体重スリーサイズは合っているか、とか。なぜスリーサイズを知られているのかはもう触れないでおく。
住所、普段の起床・就寝時間、コンビニでよく買うお菓子、学校での交友関係など、様々な質問にはいかいいえで答える。
「ふむ、これで俺が知るデータは一通り確認が出来た」
「裏付け取れて良かったね」
「しかし俺は新しいデータが欲しい」
「それならネゴシエーションするしかないよ」
新しいデータが欲しい、そんな事は分かっている。ネゴシエーションを提案すれば、ムッとした表情をされる。今まで勝手にデータを取ってきただろうが、知りたい事があるならまずは交渉だ。プレゼンやネゴシエーションは大切だ。頑張れ柳。
「ならば、俺から一切手を出さないと約束しよう」
「うん?」
「俺からお前にだ」
「ちょっと待ってね」
言っている意味がよく理解できません。柳から私に、手を出さない、言葉だけ見ればまるで男女の話のように聞こえるが。
「もう二度と勝手にデータを取らないってこと?」
「苗字はそこまで鈍くない筈だが?」
考えても分からない。
相手は柳だ。いくら男子高校生とは言えかなりの頭脳派で、相手の隙を見つけるなんて容易いだろう。私がどんなに取り繕おうと直ぐに見破られてしまう。
となれば、だ。もう私に出来ることは思考停止しかあるまい。思ったままに話す。脊髄で会話だ。
「私に手を出そうとしてたの?」
「男女の仲にならなければ分からない事もあるだろう」
「柳っぽくないね」
「俺だって普通の男だ。それにお前は人を手懐ける才能がある。気にならない訳がないだろう」
つまり、柳は男子高校生らしく興味もあるし、私の実態が素直に気になっている、と。そういうことなのだろうか。
「手懐けるって言うかね、私は普通に可愛がってるだけだよ」
「それがおかしいんだ」
「と言うと?」
「精市だけじゃない、仁王や赤也でさえもお前には特別な感情を抱いている」
「でもそれは恋じゃない」
「はたしてそうだろうか」
ええ……。
百歩譲って彼等が特別な感情を持っていたとして、それは"珍しい女子高生"だからだ。確かにジェネレーションギャップがあるし周囲の高校生から浮いている。それに私には余裕がある。本当は大人だから。
ただ大人である事実を彼等は知らないだけなのだ。恋ではない。断じて。
「柳だって、普通とは違う変な女子高生としての興味でしょうよ」
「最初はそうだった」
「今は違うみたいな言い方」
「その通りだ」
なんだか嫌な展開になった。
どう足掻いても彼は男子高校生。大人相手に恋だの愛だの言うべきではない。歳の差恋愛は否定しないが、高校生ならば高校生同士で健全に恋愛すべきだ。私はそうして生きてきた。
「聞かなかった事にする」
これ以上話していては本当に口説かれてしまいそうなので、逃げるように歓談室から立ち去った。去り際に見た柳の顔がひどく切なそうで、朝食の時間までその表情を忘れられなかった。
記念すべき恋のアプローチ一人目はまさかの柳
20190522 お肉